第43話 二人の教師

「え……? 先生、今なんて言いましたか……? ちょっと一瞬耳が聞こえなくて……」


「ん……? 普通にやりたくないと言ったが。何か問題でもあるのか?」


「あるでしょう!? 桐葉ちゃんが今にも泣きそうになっていて、私も元気のないギリギリ聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの小さな声で助けを求めてるんですよ? この状況で、よくそんなあっさり断れますね!」


「いや、あくまでお前たちは顧問をするかしないかを私に尋ねていただけだろう? それならば、私がやりたいかどうかで決めても別に問題ないんじゃないか?」


 野坂先生は、遥の必死の主張にもあっさりと正論で突き返す。この人、体育教師っぽい見た目をしてる割には冷めてるんだな……。遥を含む全員が呆気に取られて黙っていると、先生は不思議そうに首を傾げる。もう、顧問の先生を探すのは難しそうだな………。諦めと悲壮感で構成されたオーラが隷属部を取り巻き始めたその時、閉じていた職員室の扉がゆっくりと開け放たれた。


「あれれ〜〜? 千絵ちゃん、廊下でなにしてるの? もうそろそろ戻らないと、怒られちゃうよ? ってあれ? 遥ちゃんに……、あと知らない子が数人……。これって一体どんな状況?」


 ふんわりとした巻き髪に薄いピンクのカーディガンを着た女性が野坂先生に親しそうに話しかける。おとなしくて品がありそうなゆりか先生に、俺を含む隷属部の面々は目を引き付けられる。しかし、野坂先生だけは顔を真っ赤にした必死の面持ちで同僚との距離をにじり詰めていた。


「だから……、学校で名前を呼ぶなと何度も言っているだろう? それを知っていながらなおも続けるとは……、私を追い詰めてお前はどうしたいんだ?」


「ん~~。強いて言えば、千絵ちゃんが焦って素の自分を出してほしいと思ってるかな? 千絵ちゃんって名前も可愛いけど、ありのままの姿の時が最高にかわいいから、それをみんなに教えてあげたいの! そうそう、あの時とか最高だったわね……、歓迎会で私と再会したときなんか、千絵ちゃん泣きながら私に抱き着いてきてーーー」


「あああああ! 言うな言うなああっ! これ以上、私の評価を下げないでくれえ!!」


 目の前で繰り広げられる先生同士のやり取りに、完全に置いて行かれた俺達はただ茫然と立ち尽くす。しかし、流石にこの状況を打開できるのは自分しかいないと悟ったのか、遥は意を決して取っ組み合いを続ける二人の先生の元へと近づいていった。


「あの……、私達どうしたらいいですか? 今日は、帰った方がいいですか?」


「あ! そうだ遥ちゃん! すっかり忘れてたわ! 千絵ちゃんと何の用事で話してたの? あと、そこにいる子たちはどういう……。って、千絵ちゃん。もう、話が切り替わったんだからいい加減離れてよ! 私達がずっといちゃいちゃしてるから遥ちゃんが困っちゃってるでしょ?」


「私は……、いちゃいちゃしてなんかないのに…………。というか、こんな状況になったのはゆりかのせいなのに……、何でいつも私ばっかり……」


 注意された野坂先生は力なく呟いてトボトボと数メートル遠ざかり、ゆりか先生は俺達に準備が整ったことを示す笑顔を向ける。再び静かになった廊下で、遥は野坂先生の時と同じように説明を始めた。

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