第40話 なぜか、彼女はうつむいて

「戻った……? 遥、俺達はなんでここにいるんだ……?」


「分からない……。私は、ただ俊に言われた通りにやってみただけだから……。でも、なんとか戻ることには成功したみたいだわ」


 夕日に照らされた見覚えのある天井と複雑そうな少女の微笑。俺は膝枕された状態で遥の顔を見上げていた。こんな状況は、たった一度しかない。……ということは、本当に意識的に時間を巻き戻せたらしい。ここは、さっきまでいた時間軸でいえば3日前、つまり5月17日の夕方。俺が自意識を取り戻したまさにその瞬間だ。


 しかし、どうしてここまで戻ってしまったのだろうか? 俺の予測では数時間遡るはずだったのに実際に戻ったのは丸3日。これは、トリガーでいえばどういう意味になるんだ……? 俺は仰向けになった状態でいきなり熟考する。すると、遥は顔を赤くして俺の頭を軽く叩いた。


「ねぇ……、そんな体勢でじっくり考え事しないでくれる……? 俊の言う通りしたら能力がちゃんと発動したんだから良かったんじゃないの?」


「あぁ……。確かに目的は達成されたからいいんだが、少し違和感があるんだ。どうして俺達はここまで遡ってきたのか………」


 俺は先ほどまで自分の頭で綺麗にまとまっていた条件を今の状況に当てはめる。あの時は、遥自身に危機が訪れていたわけでもなければ、能力を他人に明かしたわけでもない。だとすれば、遥は5月17日からやり直すことを望んだことになるが、そんな理由も思い当たらない。だったら、なんでここまで……。長考に長考を重ねていると、下の太ももが揺れ動いて俺は固い床に頭をぶつけていた。


「もう! 早くどいてって言ってるでしょ!? いったい何をそんな悩む必要があるの? とりあえず時間を巻き戻せたんだから考えなくたっていいでしょ!?」


「いや、この時間のズレは無視できない。遡る時間も指定できないと完全に能力をコントロールできたとは言えないからな……。原因をちゃんと突き止めていかないと………」


 後頭部をさすりながらも考え続ける俺に遥はなぜかうつむいて恥ずかしそうに唇を結んだ。時を遡って再び出会った遥の悔しい表情に、誰にも明かせない秘密を察する。これ以上、ここで考えたところで進展はない。気まずい数秒、いつの間にか吹き込んでいた穏やかな風は遥のロングヘアーを広げた後、潮が引くように落ち着いた。


「………分からない部分はあるだろうけど、それはまた今度考えましょう。とりあえず私の能力の発動条件がだいたい分かって、部分的にコントロールすることにも成功したんだから次に進まないと。もうそろそろ美琴が来る頃だと思うから、また準備しておきましょう」


 目を閉じて風の余韻に浸った後、遥は気持ちを整えて冷静な表情に戻った。それに呼応して俺が空いている椅子に座ると、勢いよく扉が開け放たれる。こうしてまた隷属部は生徒会との全面対決を宣言したのだった。

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