第39話 やり直しの条件

「もしもし? 急に電話かけてきてどうしたの。桐葉ちゃんに怒られて慰めて欲しくなっちゃった?」


「いや……、桐葉は駅で俺のことをずっと待ってたんだ。たぶん俺と遥が隠れて一緒に行動してることに今日気がついたんだろう。自分が一人にされていることにショックをうけて、桐葉は今……、意識を失ってる」


「えっ……、うそ………。大丈夫なの? 車の音も聞こえるし……、もしかして外で倒れてるの? 私になんか電話しないで早く救急車を呼ばないと…………」


 遥は軽く悲鳴をあげると一気に取り乱して桐葉のことを心配してくれる。軽く吹き込む遥の呼吸の音が落ち着いてから、俺はなるべく冷静に話を再開した。


「いや、救急車は呼ばなくてもいい。遥、今電話したのはお前に時を戻してくれるように頼むためなんだ。桐葉が傷つく前まで時を戻して、この状況を無かったことにしてくれないか?」


「うん……、してあげたいけど………。私、どうやったらいいの……? 離れてても時間を戻すことなんて私にできるのかな……?」


 胸の内の優しさと自分に何ができるのか分からなくなった複雑な不安が音の中から垣間見える。俺は再び熱を取り戻しつつある桐葉の手を確認し、自分自身を落ち着けながら頭の中の情報を整理した。


「いいか……。落ち着いて聞いてくれ。これはまだ暫定の情報だが、遥の能力のトリガーにはいくつか法則性がある。一つ目は本能的に危機を察知した時。こけて怪我しそうになった時にこける前に戻るのはこれだ。二つ目は遥の能力を俺以外の誰かに話した時。そして三つ目は……、遥自身が自分の行動に悔いがある時だ………」


「悔いがある時……? 私がツンデレキャラっぽくない行動をした時とかじゃないの?」


「……おそらく、違う。確かに細かい口調や身振りで戻りもするが、それはその行動をすることで遥自身が納得できる道へと進めるようにするためのものだと思う。話を聞いた限り、遥が自分を変えようとした時は必ず時間が巻き戻っている。つまり、理想の自分と同じ行動ができなかった時、遥は無意識にやり直していたんだ」


「確かに……、そうかもしれないけど……。でも……、私が意識的に能力を発動させるのとどう関係してくるの………?」


 遥は少し落ち着きながらも、まだ喉が乾ききって発する言葉が途切れ途切れになっている。俺の指は桐葉からの体温と重なり合ってかなり熱くなっていた。


「おそらく、俺が言った一つ目と二つ目のトリガーはその行動の直前に戻るだけだ。長時間を意識的に遡るためには遥がやり直したいと強く思う必要がある。だから、遥。放課後からの出来事をやり直したいと念じてくれ。そうすれば……、きっと放課後まで時が戻るはずだ………」


「分かった……。今日の放課後までやり直すように………」


 遥は携帯を置いて無言で祈り始め、そこからはひたすら沈黙の時間が続いた。1分半が経った頃、ため息とともに携帯を手に取る音が聞こえる。期待していた逆光は訪れることはなく、俺はまだ駅のベンチに取り残されていた。


「ごめん……、一回切らせて。ごめんね、本当にごめん………」


 その一言を最後に通話は一方的に終了する。だめだったか………。俺は桐葉の身体を持ち上げて椅子から立ち上がる。その瞬間に目の前を光の壁が包み込む。桐葉の感触は一瞬で消え去り、気が付くと俺は放課後の部室に戻っていた。

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