第38話 嘘つきは現在から逃避する

「おにい、どうしたの? 顔色悪いよ。もしかして私が迎えに来たのが嫌だった?」


「いや、そんなことはない。でもどうしてここが分かったんだ? 俺が今日どこに行ったかなんて桐葉が分かるはずもないのに」


「そうだよ。確かに私はおにいの全てが分かるわけじゃない。でも、でもね……。私はおにいのこと、もっと知りたいの……。なのに、なんでおにいは私に隠し事をするの?」


 いつもの桐葉とは違う純粋でどす黒い雰囲気。今までに何回かはこの桐葉を見てきたが、目の前の義妹はそれとは比較にならないほどの強い感情を抱いている気がする。俺は静かに歩みを進めると赤黒い瞳から逃げずに正面から向き合った。


「桐葉、一体何があったんだ? 俺は義妹のためなら何でもする。もし、桐葉が望むなら今日あった出来事も全部教えるよ。だからお願いだ。どうしてそんなに疲れて悲しそうな顔をしてるのか俺に教えてくれ……」


「おにいはやっぱり優しいんだね。こんな私にもいつもと変わらない態度で接してくれて、こっちは鬱陶しいくらいおにいのことを追いかけてるのにそれでも怒らずに心配までしてくれる。ごめん……、ごめんね……。分かってるの……。おにいはそんなにひどい人じゃないっていうのは分かってる。こんなになってるのはただ私が……、私が悪いだけなの…………」


 瞳の色が淡くなり、桐葉の目から涙がこぼれる。桐葉は大きく声を出しはしなかったが、女子高生が夜に駅前でむせび泣く姿は少ない人通りでも注目される。俺は人目から桐葉を遠ざけるために、そして義兄として一番にできることを果たすために静かに義妹の身体を両腕で包み込んでいた。


「……ごめんなさい。おにいはきっと私たちのことも考えていてくれたのに私は信じられなかった。私が悪いの……。こんな私なんかがいるから、こうやっておにいに迷惑をかける。私が悪い…………、私がおにいを………………」


 俺が言葉を返す前に桐葉はゆっくりと意識を失い、体を預けていた。桐葉を強く抱きしめて、頭に手を置くとじんわりと熱さを感じる。俺の今回の行動で桐葉はここまで追い詰められたのか、それとも出会ったころからの積み重ねでこうなってしまったのか……。何が理由なのかは全く分からない。ただ今の俺にできるのは桐葉にとって望ましくないこの状況を避けることができるように願うことだけだ。


「こっちこそごめんな……。俺がもっと寄り添ってあげればこんな風にならなかったのかもしれないのに………」


 桐葉の華奢な体を抱えて、俺はバス停へと移動する。そして手を離して桐葉をベンチに座らせると、つい先ほどまでの熱が失われ、夜風で冷えた桐葉の顔には赤みと生命力が少ししか残されていなかった。


 俺は桐葉の隣に座り、頼み事をする相手に電話をかける。数秒待つと、嬉しそうな声色がスピーカーから響く。俺は桐葉の左手を軽く握りながら、まばらになった人だかりと照明に目を移していた。

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