第35話 赤黒い視線

「はぁ……、本当に1日が長く感じるわ……。イベント会議ってあんなに地獄の空間だったのね……。ただでさえ強気でいるのは緊張するのに早希さんにも同じように接しろだなんて……。本当、無茶なことばっかり強制されて嫌になっちゃうわ……」


 私は誰もいない部室で長い愚痴をこぼしていた。真っ先に意見を言わなかったらやり直し、自分の変わった性癖をイベント案に入れこまなかったらやり直し、早希さんに恐れをなしてちょっと言葉が詰まったらやり直し……。イベント会議で生徒会室に入ってからの細かいトリガーに引っ掛かり続け、完全に疲れ果てていた。会議が終わって一人きりで部室にいるのもトリガーのせい。……あぁ、なんで私が悩みを打ち明けようってのにこんなに上手くいかないの!? 私は演技する必要もないのにすっかり染みついたキツイ口調で脳内で叫んでいた。


「まぁ、落ち着きましょう。一条のかばんは部室にあるんだし、早希さんも家に帰るまで一条と一緒にいるわけがない。そう、今日は絶好の機会なんだから慌ててちゃダメ…………」


 脳内で侵食してきた仮の私を食い止めるためにポジティブで優しい口調で精神を安定させる。喋り方を意識しないと勝手に強くなってしまうほど、今の自分は仮の私と馴染んでしまっている。自分がまた消えそうになる前に早く……、早く相談しないと………。トリガーと別人格を強く意識したことで、これから行う行動の重要性を夕方のゆっくりした時間の経過とともに心の中で噛み締めていた。


 今日は……、今日で……、一条と本当に……………。疲労と差し込む夕日の温かみで目を閉じかける。するとその時、背後から引き戸のゴロゴロとした音が低く響き、ゆったりと流れていた時の流れは加速した。


「水蓮寺………? こんなところで何してるんだ? 俺以外は全員帰ったと思ったのに」


「一条……、ちょっといい? 話が……、大事な話があるのよ……」


 秘密を明かす緊張の瞬間、私は余裕そうに一条の耳に声を当てる。こんな場面、何度も経験して来た。今さらこんな……。震えそうな体を奥底からの意識で止めて、声を出す。不思議と一条は戸惑う様子もなく耳を傾けて待ってくれていた。


「私ね、実は時がーーーーーーー」


 一言声をかけた瞬間に、七色の光が私の世界を埋めていく。またか。一条となのに……、なんで……? 普通の人に打ち明けるよりも早く時を戻されたことに私はがっくりと項垂れそうになる。しかし、そんな絶望を消し去るほどの違和感が視線の落下を防ぎ、私はまっすぐ前を向く。光で一条もろとも世界が消えた時、唯一私の目には赤黒く気怠そうに見つめる二つの瞳が映っていた。

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