第33話 一人、部屋で過ごしたい

「ただいまぁ……。あぁ、今日は疲れた……。あの私じゃなかったら、何もかも上手くいかないんだけど……。これも全部一条のせい? あぁ、意味が分からない! しかも、桐葉ちゃんが入部して、早希さんが依頼を持ってくるなんてイレギュラーすぎるでしょ………」


 一条が部活に入って数日。私はまた同じ時を繰り返す日々に疲れ果てていた。一条が目の前にいるとなぜかツンデレキャラの仮の自分は発動しないうえに、私が少し素を出すとその度に時間が巻き戻ってしまう。隷属部が活動を始めてまだ二日だというのに自分の中では何十日も経っている気がする。いや、一日の中で何百回もやり直してるんだから……、それ以上の長い時間私は同じ時を繰り返しているのかもしれない。


「これは、本当にどうしたらいいのかしら? 解決策が全く出てこない……」


 私は靴を脱ぎながら深くため息をつく。すると、なぜかにやけた表情をしながらママがリビングから顔を出してきた。


「遥ちゃ~~ん、どうしたの? まだ転校してそんなに経ってないのにもう悩み事?  恋愛関係ならすぐに教えてよね!」


「違うわよ……。もはや、そんな軽い悩みで済むんだったら良かったって思うくらいだわ……。でも、ママに相談したところで意味がないから何も話さないけど…………」


「なるほど、なるほど……。親にも話せないで一人で抱え込むなんて……、これは相当な大恋愛ね。あの男子とは何の縁もゆかりもなかった遥が……。お祝いよ! 今日は遥の初恋を祝して盛大にパーティーを開きましょうっ!」


「あっそ……。私、来週の会議の用意しないといけないから部屋上がるね……」


 変な妄想で止まらなくなったママに構う体力も無い私は、強く否定することもできず力なく階段を上る。そして部屋に入った途端、ベッドへと顔を埋めた。


「一条って……、本当に何者なんだろ……」


 ここ数日で何度も浮かんだ疑問を改めて口に出してみる。一条が来てから明らかに流れが変わった。隷属部に新しい風を吹き込ませ、私の意識も復活させた。そして……、初めて会ったあの昼休みから見せるあの目と口振り。


 もしかしたら……、あの人は私を救う手段をもう知っているのかもしれない。この不思議な世界のことを教えてほしい。自分のこの何とも言えない気持ちと悩みを伝えたい。


 押さえきれない衝動に駆られて、私はいつの間にかベッドの中で暴れていた。顔は耳元まで枕に沈んで、手足は布団をぐちゃぐちゃにするように動き回る。息が荒れて、落ち着いた私は静かに呟いた。




「伝えよう……。あの人に私の気持ちを……」




「偉いっ!! 遥、よく言った! もがき苦しみながらも、自分の気持ちを大切にしてそれを大好きな人に伝える……。素晴らしいわ……! こんな立派に育ってくれたなんて……。ママは嬉しくて嬉しくて………」


 けたたましい泣き声に反応して上げた私の顔は、母親の胸に包まれていた。喜んでくれるのはうれしいけど……、自分の部屋くらいは自由に過ごさせてよ……。私は密着した胸の圧迫で呼吸ができなくなりながら心の中でツッコミを入れた。

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