第32話 取り残されて悩ましい

「ねぇ、悠斗……。アイツってさ……。一条ってどんな奴なの?」


「遥は……、なんで一条のことが気になるんだ?」


「だって、アイツ……。私達の部活に入るんでしょ? でも、私あの人のことについて何も知らないし……。しかも、昼休みになんか変なこと言ってたでしょ? だから、どういう考えで入部しようとしてるのかなって……、気になって………」


「そうか、遥でもそんなに気になるんだな。遥だったら勢いで一条のことも受け入れると思っていたんだけどな……。なるほどな……、遥が………」


 悠斗は口元を手で覆いながらじっくりと確かめるように見つめ、私は少し体をビクつかせながらも堂々とした姿勢を自分なりに取り繕っていた。一条が部活動申請用紙を持って勢いよく飛び出していった後の空き教室。残された二人は突如変わった状況にそれぞれ態度が一変していた。


「な……、なによ。私が他人のことを気にしたらいけないっていうわけ!? 私だってあんな変な奴が同じ部活動するってなったら気になったりもするでしょ……? というか、悠斗はなんでそんなに冷静でいられるの? アイツが、一条がいきなり入り込んできたのに全然驚いてないみたいだけど……」


「……………………」


 私はさっきまでの、いわゆる意識を手放したツンデレキャラ状態の水蓮寺遥にわざとなりきって会話に臨んでいた。そして悠斗は頭の中で何かを考えているのか数秒黙り込み、それからやっと口を開いた。


「俺だって遥と同じくらい驚いているさ……。一条のことは昔から知っているが、ここ二日間のあいつの行動はまるで理解ができていない。だから俺は一条に何かがあったんじゃないかと心配してるんだ………」


 悠斗は深く椅子に腰かけた状態から力任せに立ち上がると、窓辺の方に駆け寄ってゆっくりと落ちていく夕日を眺め始めた。悠斗の表情はよく見えなかったが、明らかに心の内の動揺を隠そうとしている。知り合いでも分からないなにかがアイツにも起きてるの………? 私は窓の外の景色に想いを馳せる後ろ姿から、一条俊というよく話したこともない人間になぜか違和感と温かさを覚えていた。


「……隷属部の承認通ったぞ」


 背後からまた扉が開く音が聞こえると残された二人は態度をまた急変させる。一条は少し暗い顔だったが、さっきと同じようなテンションで私達と会話を続けてきた。その顔や身振り、言葉ははっきりと感覚に染み入っていく。体の操作を任せても鮮やかに知覚を強制してくる初めての人物。数日ぶりの異常に私はゆっくりと脈拍を上げ始めていた。

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