第30話 私が異変に気づく時

 その時の一条はまるで人を殺そうとしているかと思ってしまうほどの険しい顔をしていた。私、また気づかないうちに変なことしちゃったのかな? 考えても全くいい考えが出てこない。とりあえず、なんでも解決してくれる私に全てを任せよう。そうやって私はまた体の操作を自然に任せていた。


「え? アンタいきなり何しに来たの? ちょっと怖いんだけど……」


 私の体は嫌悪感と不快感を出すことで俊を物理的に遠ざけようとしていた。確かに普通の精神状態の男子ならこれくらいされれば、黙って自分の席に戻っていくに違いない。でも、俊は覚悟したような表情でクラス中からの視線も気にせずにこっちに踏み寄ってきていた。


 緊張の一瞬、クラス中が急に不可解な行動を始めた一条に注目し、昼休みだというのに教室は静まり返っていた。ごくりと唾を飲み込む音が何回か響いた後に、目の前の不思議な男子が口を開く。


「悠斗、お前……。お前、ラブコメの主人公だろ…………」


 一条は口を開くと同時にクラス中に響くような大きな声でそういった。……はずだった。私にはその言葉はなぜかひっそりと耳元で囁かれているように感じた。決して大きくはなくて、でも心に刻まれるような不思議な音。そこでまた私の意識は途絶えた。



 


 気がつくと、私は洗面台の前にいた。教室から離れた旧校舎のトイレだ……。ここ数日で何回か利用していたせいかいきなり現れた光景の場所を私は正確に把握できた。そして、目の前には鏡……、手を洗おうとしてたのかな? ぼーっとした顔で私は目の前の鏡を眺める。自分の見慣れた顔がいつも通りの雰囲気で…………。


「…………ひっ。……えっ、髪…………?」


 私の髪の色はよく覚えている。色素が人よりも抜けていてたまに染めてるんじゃないかって言い掛かりをつけられるくらいの薄い茶色。ずっと、今までの人生そうだった。……はずなのに、鏡の中の私は明るいオレンジ色の髪を輝かせながら不気味に微笑んでいた。


「そんなはず……、私は普通に過ごして……、普通……? 私の普通って、本当の私って………?」


 発狂することも、絶叫することも許されない身体で私は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。数日前までの私は確かに素直な私だった。でも、数日の間で……。変わった? 気づかないうちに………? 髪だけじゃない、私の全てが侵食されて、おかしくなってる? これって、アイツが言ってたこと……、アイツの目、アイツの言葉………。


 自分の直近の記憶を片っ端から再生すると、自然と俊の一言に行き着く。あそこだ。あそこがきっかけで私はこの異変に気付いた。……でも、そんなこと分かったって、どうしようもないんじゃ。私は現実を確かめるようにまた長い髪を手に取って目で捉える。夕日も何も当たってないような暗いトイレで私の髪は不自然に橙色の光を放ち、手の中で見せつけるようにゆっくりと輝いていた。

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