第29話 君と会った日、私は乱れる

 そこからは、とんとん拍子に日にちが進んでいった。普通に一周間過ごしただけでも、よく分からない突っかかりがないことでとてつもなく幸せに感じる。ただ一つの要素を除けば私は順調に新生活を送っていた。


「遥、今日は何をするんだ? 俺がやらないといけないこととかあったりするか?」


 悠斗とは入学してからたった一週間で何時間も喋る仲になっていた。隷属部というネーミングには若干不満があるみたいだったけど、それでも悠斗は私と部活動を作ることには乗り気らしく放課後になるとずっと二人きりで話していた。そしてこの日の悠斗も私の顔の近くで大きい瞳をキラキラと輝かせていた。


「今日は、特に何もしないわ。……でも明日ついに、動くわよ。とりあえず隷属部を仮にでも設立して、そこから活動して部員と顧問の先生を集めることにしましょう。学校の生徒のために働いて、学園生活を盛り上げようっていう部活動なんだから当然一か月も経てば部員もたくさん集まっているはずよ。我が隷属部の未来は希望で満ち溢れているっ! 悠斗、アンタもそう思うでしょ?」


「その心意気は俺も大賛成なんだが……、隷属部っていう名前は変えちゃダメなのか……。名前だけもっと良いのに変えれば遥が言う通り未来は明るいと思うんだが……」


「嫌っ! それだけは絶対に嫌! 隷属は私にとって特別な言葉なの! 私が代表して部活動を作る以上、これだけは絶対に譲れないわ!」


 うわああああ。今日も私は何を言ってるんだ。自分の口から出てくる言葉に私自身が困惑する。そう、ここ数日の私を操っているのは素の私ではなかった。今、私は強気で行動力があって、なによりみんなに横暴な態度を取る水蓮寺遥が操作している。操作しているといっても転校初日の時のように元々の私の人格が消えてしまうなんてことはないしいつでも意識すれば自分なりの優しい言葉で語り掛けることだってできる。でも、私はそんなことをするのはもう諦めてふわふわしたこの曖昧な感覚に身を預けていた。


 ここ数日で分かったことは、素の自分、元の弱い自分では何度もあの逆行が起きてしまうことだった。自己紹介が終わってもちょっとした悠斗との会話でまた戻り、そしてまたその場面まで時間を過ごすという行動を繰り返した。でも、意識を自然に任せて素の自分を封じれば何の支障もなく普通に日常が過ごせる。何百回も同じところで躓くよりも自分が隠れてしまったほうが良い。私は自らなにかのキャラクターのような癖のある自分を選択していた。


「分かったよ……。まぁ、明日動くとしても打ち合わせはしておいた方がいいから、また放課後話し合おう……。いつもの場所で集合な」


「決まりね! 悠斗、アンタビビって逃げたりしないでよ。もしそんなことしたら……、分かってるわよね……」


「大丈夫だ。そんなことをしても遥からは逃げられないし、ボコボコにされる未来も見えてる。ちゃんと約束の五分前には到着するさ」


 私とのテンポのいい会話の中で、悠斗は何度も笑顔を見せる。今日もこのまま帰るまでこんなやり取りを続けるのだろう。とりあえず次は授業だし、準備でもしようかな……。私は呑気に次の授業の準備を始める。そして、状況が一変したのはその数秒後のことだった。


「おい、ちょっといいか」


「ん? どうした一条。なんか用か?」


 私と悠斗の目の前に現れた人影。それが一条俊だった。不快そうにこっちを睨みつけるその表情で見ているこっちもドキドキする。その瞬間が、私を乱れさせる大きな出来事の始まりだった。

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