第20話 遥の部屋で2

「では、二人ともごゆっくり……。お互いに夢中になりすぎて用事を忘れないようにね」


「何……? 急にそんな見つめられると恥ずかしいんだけど……」


 霞さんが温かい目をしながら丁寧に扉を閉めると、俺はまた遥と目を合わせる。遥は体の前で手をいじりながら紅潮しかけた顔を隠すようにくるりと体を反転させた。


「と、とりあえずそこに立ってるのもなんだからこっちに座る? ほら、早く始めま……」


 遥は俺の方向を向き直した途端に言葉を止めて一気に厳しい表情へと変わった。何か怒らせるようなことをしてしまったのか……? ほんの一瞬で張り詰めていた緊張の意味合いが変わり、俺は背筋を凍らせながら唾を飲み込む。


「どうした? なにか、機嫌が悪くなるようなことでもあったのか……?」


「……いや、俊は黙ってて。ちょっと横通るわよ」


 遥は俺の体に身を隠すように背中を曲げて数歩近づくと、突然扉に飛びついて勢いよくドアノブを引いた。


「きゃああああああ! なに!? なんで遥がいきなり飛び出してくるの? 足が痺れて……、うご……けない……」


 遥が扉を開けると同時に霞さんの叫び声が響く。どうやら霞さんは正座で部屋の様子を覗き見していたせいか、着物から脚を出して倒れた状態で動けなくなっていた。遥は冷酷な目つきを更に厳しくしながら霞さんへと近づいて、


「ママ? なんでこんなところにいるの? 私、あれだけ邪魔しないでねって言ったのに……」


「違うの。違うのよ、遥ちゃん。ママはね、二人を邪魔するつもりは全くないのよ。ただ、二人の様子を見てあとでアドバイスを……」


「言い訳はいいわ……。とりあえず俊と私の前から今すぐ去りなさい……」


「遥? なんでそんな機械みたいな冷たい口調なの……? 嫌だ、俊君助けて。俊く………」


 霞さんが目を潤ませて俺に向かって手を差し伸べた瞬間にドアは無情にも閉ざされて、高い悲鳴が廊下に響き渡る。俺は部屋に一人残されている間に遥が指定したテーブルの側に座って、久々に入る女子の部屋の煌びやかさに目を奪われて思わずあちこちに視線を動かしていた。


「……ごめんごめん。ママには後からしっかり言っておくわ。じゃあ、今度こそ始めましょうか。俊はこれから何をするか決めてる?」


 廊下から帰ってきた遥は服を整えながら側に座り、再度俺の顔を見ながらじっと問いかける。俺は熱い視線を避けながらいつも以上に上ずった声で話を切り出した。


「ああ……。昨日、帰ってから少し考えてたんだ。まず最初にやるべきことを……」


「最初にやるべきこと……? なに、一体何をしようとしてるの?」


「遥の能力の発動パターンを知るには、まずは今までの経験からその法則性を導く必要がある。だから……、遥が転校してから今までに経験したことを詳しく聞かせてくれないか?」


「なるほど……、そういうことね…………。分かったわ。今度は私が経験した全てをあなただけに伝えてあげる」


 遥は噛み締めるように言葉を耳に入れながら俺の提案を受け入れる。西日が差しこんで淡いピンクのカーテンを光らせる。また深い秘密を共有する二人だけの場所がひっそりと生まれていた。

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