第19話 遥の部屋で1

 遥が教室を去ってから三十数分が過ぎたころ俺は昨日と同じように水蓮寺家の入り口の目の前に立っていた。遥は霞さんに邪魔しないように強く言ったようだが、昨日のこともあってか物凄く不安だ。よし、どんなに妨害されようと今日は絶対に話し合いをやり遂げよう。俺は強烈な個性に耐えうるだけの気合で頬を叩き、一旦息をついてからインターフォンを押した。


「はーいっ。あ、俊君ね。今開けるからちょっと待ってて〜」


 昨日となんら変わりなく高い声が響くと扉から鍵が開けられる音が聞こえた。しかし、そこからしばらく待っても扉が開かれることはない。これは、何かの策略なのだろうか? いや、もうここまで来たら考えずに進むしかない。俺はゆっくりと数歩進むと扉に手を掛けた。


「一条俊様、水蓮寺家へようこそいらっしゃいました。先日はとんだご無礼を働き申し訳ございません。ささ、では遥の部屋へ案内を……」


「ちょっと待ってください。霞さん、これはどういう真似ですか?」


 霞さんは黒の着物を見に纏い、三つ指をついて俺を迎えていた。そしてよくよく周りを見てみると、昨日はなかった和風の彫刻やら掛け軸やらがいっぱいに飾られている。俺が呆気に取られていると霞さんは口に手を当てて昨日と正反対のように上品な笑みを見せた。


「ふふ……、俊君ったら随分びっくりしてるみたいね。実は私の実家が代々旅館をやっててね。今日は久しぶりに女将の衣装に着替えてみたの。どうかしら? 昨日とはまるで違って上品でお淑やかに見えるんじゃない?」


「そうですね……。一瞬、別人なのかと思うくらい変わってて驚きました……。ところで遥はどこにいるんですか?」


「やっぱり遥のことが気になるのね。まぁ、今日は絶対邪魔しないって約束してるししょうがないわ。………では一条様、お部屋に案内いたしますのでどうぞお上がりください」


 再び女将モードになった霞さんに連れられて俺は廊下を通り、階段を一つずつ踏みしめるように上っていく。遥の部屋という未知の境界に近づくにつれて、少しずつ額に汗が滲み口元にも力が入る。霞さんは緊張で強張った俺を見て微笑みながら階段近くの扉を開く。そして俺がゆっくりと部屋の中を覗くと、


「あ、ああ……。俊、意外と早かったのね。できる限り急いで準備して良かったわ……」


少し息を乱しながらもこちらに愉快そうに手を振る遥。俺はその姿に釘付けになる。丁寧に編み込まれた橙色の髪にほんのりと色づいた薄化粧、そして全身統一された清楚な服装。遥を包む女性としての雰囲気に俺は既に酔いしれていた。

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