第18話 リトライの熱にうなされて

「ええっと……。その……、昨日はごめんね。私もまさかあんなことになるなんて思ってもみなくて……。今日はママにも邪魔しないように言ってあるから、また私の家に来てもらってもいい?」


 再び放課後の教室で遥は少し頬を赤らめながら申し訳なさそうに呟いた。お互いがまた少しずつそれぞれの内面に近づいたことを冷静に認識した現在の状態はなんというか……、とてつもなく恥ずかしい。遥はきっとそう感じているのだろう。そんなことを考える俺自身もふんわりした気恥ずかしさで顔を上げられずに机上の自分の両手をただ見つめていた。


「いや、大丈夫だ。でもよく考えれば俺がわざわざ……、お前の家に行く必要はないんじゃないか? ほら、例えば前に行ったお前行きつけの喫茶店とかはどうだ? うちの学校の生徒は入ってこないだろうし、二人で話し合うにもうってつけの場所だと思うんだが……」


 そこまで言ったところで俺は顔を上げると数秒前よりも顔を真っ赤にした遥が瞳を潤ませながらこっちを見ていた。遥は喉が渇いたのか掠れた声で、


「確かにさ……、確かにそうかもしれないけど……。俊はそっちの方がいいの? 二人きりになってもずっと名前で呼んでくれないし……。私、なにか気に触るような事しちゃった?」


「いや……、そんなことは無いが……」


「じゃあ、もう一回チャンスをちょうだい。ママにももう言っちゃったし……、何というか私もう引き下がれなくなっちゃったの……」


 都合よく誰もいなくなった二人きりの教室で遥はすがるように頼み込む。ダメだ、最近の俺は心が揺さぶられすぎている。こんなに遥が可愛いなんて思ってもみなかった。ここまで胸が苦しくなるなんて全く想像してなかった。瞬時に感情が爆発しかけた俺は少しの目眩に襲われて片手で顔を覆う。もう、いいか。俺の脳は目の前の衝撃でもはや考えることをやめていた。


「分かった。まあ、邪魔も入らないんなら遥の家で話し合った方が良いしな。」


「ありがとう! じゃあ、みんなにバレないように私は先に帰るから俊も後で来て!」


 遥は目一杯の笑顔で元気よくそう言うと、一気に廊下へ駆け出した。俺は空いた教室でただ一人また時間を潰し始める。ようやく首を完全に上を向くと、少しだけ息を漏らした。


「俺はこのままでいいんだろうか……? 遥が望む通りに動くままでそのまま……」


 俺はそこで再び沈黙すると、また大きく息を吐きながら自分を引き締める。我ながら今の自分は最低な人間だ。一瞬の感情に自分を動かされ続けて、自分が何をするべきなのかも分からなくなる馬鹿な男なのかもしれない。でも、いつか俺はこの状態から次どうするかを決めないといけない。その時にこの熱は冷めているんだろうか? 近いようで途方もなく遠いかもしれない将来に不安を感じ始めた瞬間だった。

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