第17話 母としての話し方
「さーーてとっ……、今日はせっかく来てもらったのに迷惑だけかけちゃってごめんね。また次に来たときは今回みたいにならないように気を付けるから」
遥母は玄関までとてつもない力で俺を引っ張った後、少し申し訳なさそうに指で頬をかいた。俺は強く握られて軽く痛みを覚えた手首を振りながら靴に足を通すために無言で腰を下ろした。
「……ねえ、俊君は遥のことどれくらい知ってるの?」
俺が靴紐を結ぶ間に後ろから妙に落ち着いた声で遥母は語り掛けてくる。まるで自分を品定めするような慎重な息遣いに俺は思わず耳を澄ました。
「遥はね、俊君が思ってるよりも弱くて人一倍優しい子なの………。でもあの子はそんな自分が嫌になってきっとみんなの前で無理してる。だから遥が家に連れてくるくらい心を許してる友達には……、そのことを言っておきたかったの……」
「……遥さんが、自分の家に友達を連れてきたことはあるんですか?」
「遥が友達を家に連れて来たのは、あなたが初めてよ。あの子、中学までは本当に独りぼっちだったから……」
言葉に出しただけでも何かを思い出してしまうのか、遥母は声のトーンを少し暗くしながら呟く。きっと、遥は俺にまだ見せられない部分があるのだろう。今はまだ触れる必要もないし、触れることはとてもできない。でも、それでもいつかはきっとそんな暗い過去ですらも共有して理解してみせる。俺は意識的に足元へ目を逸らすと自分の中での不安感を余りある自信で無理やりに打ち消した。
「俺は……、最近になって遥さんのことを少し知りました。初めは心が強くて自分に絶対的な自信を持っていると確信していました。でも……、それは違った。遥さんは……、遥は弱くて本当の自分をいつも隠しながら努力していました。中学の時はどんな感じだったのかは知りませんが、少なくとも高校に入ってからの彼女は良くも悪くも目立ってて、人を吸い寄せるような魅力のある人間です。……だから、そんなに遥のことを心配しないでやってください。もし何かが起きたとしても俺と、あと何人かの仲間がいつでもあいつを助けますから」
「そうね……。やっぱり遥は大きくなったわ。あなたみたいな優しい友達に魅力があるって言われるなんて、きっと私が思う以上にあの子は頑張ってるのね」
背後の雰囲気はまた強い日差しが差してきたかのように活気が戻り、俺は一安心してゆっくりと立ち上がる。すると後ろから熱を押し付けるように背中を抱き寄せられた。
「そういえば……、まだ私の名前を言ってなかったわよね。私は水蓮寺霞。これからよろしくね。俊君……」
「え……、あ、あ……。はい…………?」
背中に感じる大きな胸の柔らかさと、突然押し寄せてきた耳元への囁き声で俺は思考を停止する。霞さんはそんな俺をからかうように愉快そうな笑い声をあげる。
「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなっただけ。じゃ、これからよろしくね。いってらっしゃい一条俊君!」
俺の身体は後ろから勢いよく押されて扉がぶつかるぎりぎりで止まる。久しぶりに後ろを振り返ると霞さんはまた幸せそうにとびきりの笑顔を見せた。
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