第21話 最初の出会いは曲がり角1
春。新生活をはじめるこの季節に私も人生を変えようとしていた。引っ越しで新しい環境に行き、最初からやり直す。そんな期待と希望を胸に普通よりだいぶ早く家を出る。朝日が差し込んで生まれ変わったように輝いた世界。自分が水蓮寺遥であることを新しい街に見せるように堂々と一歩を踏み出した、その瞬間だった。
目の前を照らしていた光が一気に視界を満たして他に何も見えなくなる。不思議な感覚が五感を通り抜け、それが終わると私は自分の部屋に立っていた。時刻は午前7時35分。さっき部屋を出た時から時計が全く進んでいない。
「なにこれ……。買ったばっかりなのにもう壊れちゃったの……?」
自分が一瞬で部屋に移動したことは忘れて、目の前の目覚まし時計に違和感と疑問を押し付ける。しかし、私の想いと裏腹に新品の時計は1秒の狂いもなく正確に時を刻み続けていた。
「………………」
何も分からない私はそっと時計を机の上に置き直し、黙って階段を降りていく。少し躊躇いながら扉を開くとまたさっきと同じ感覚に襲われた。
「なに……? 一体、なんなのよこれ……。夢とかじゃないんだよね……?」
3回目の同じ景色に言葉を詰まらせる。不思議な体験を身で味わっても簡単に信じることはできなかった私は何度も何度も外に足を踏み出し続けた。
「分からない、分からないよ……。なんで? 私はただ外に出たいだけなのに……。また私は嫌な気持ちになり続けないといけないの………?」
数えきれないほどの回数をやり直して私はまだ同じ時間から抜け出せなかった。全く変わりない体力とどんどんすり減っていく精神の差で曖昧な不快感が積もる。もう……、諦めようか……。完全に疲れ果てていた私は失意の中でベッドに潜り込んでいた。
それから数時間後、ベッドの中でひたすら文句を言い続けていつの間にか意識を失った私の耳元で携帯が鳴り響く。手に取って画面を見るとママから着信が入っていた。
「……ん、はいもしもし?」
「もしもし、遥? 学校からまだ来てないって連絡が来てるんだけどアンタ今何やってるの? 体調が悪いわけじゃないなら早く学校に行きなさい。いい? 今すぐよ、今すぐ!!」
携帯が一方的に切られた後、恐る恐る時計に目をやる。時刻は9時40分。私は転校初日から大遅刻をしていた。
「……でもどうせ外に出たら巻き戻るんでしょ」
すっかり不貞腐れて外に行く気も失っていた私はしぶしぶ準備を終わらせて玄関に立った。また同じように扉を開いて一歩足を出して、それでまた自分の部屋だ……。考えただけで憂鬱になりながらゆっくりと足を踏み出す。新しくおろした革靴は初めてレンガ畳を踏み締めて、私は何事もなく外に出ていた。
「どうしようっ!? ……とにかく急いで学校に行かないと!」
数秒の静寂の後、血の気が引いた私は青ざめた顔をしながら全力で外を駆け出す。頭の中は焦りと混乱で溢れ、すっかり余裕がない中で私は慣れない道を突き進み出したのだった。
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