第78話 支えてくれたあなたに捧げる

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。なんでだろう。長くてつらい時間を耐え抜いた後のこの時間は一瞬で終わりを告げようとしているように感じた。でも、それでいいんだ。この時間が終わるということは新しい日常が始まることだからそれでもいい。


 私が始めた解放祭は壮絶なフィナーレに向けて右肩上がりの盛り上がりを見せていた。正直、悠斗のバカのせいで女子の個人競技はそれほど盛り上がらなかったけど、その後のスケジュールに各部活動のステージでのパフォーマンスを入れておいたおかげでなんとか会場の興奮を維持することができた。今はアンプやドラムの爆音の中、軽音楽部が騒がしいトリを飾っている。ということはいよいよ最後の大仕事が近づいてくる。


「水蓮寺さん、私そろそろ片づけの指示だしと学校側への伝達をしないといけないから校舎のほうに戻るわね。解放祭の閉会式を一緒にできないのは残念だけど、水蓮寺さんになら任せられるわ。どうか、お願いね……」


「分かりました! 私は早希さんがびっくりするほど豪華な閉会式にして見せます! それと……早希さん、あの……、頑張ってくださいね……」


「分かってるわ……、じゃあまたあとでね」


 早希さんはステージでの職務を終えて次の大舞台へと向かっていく。今から告白するというのに早希さんはいつものように落ち着いて大人な雰囲気をまとっていた。どうしてあんなに余裕をもてるんだろう? 当事者でもない私がここまで緊張してるというのにあの人はどうしてそこまで……。それが悠斗や一条をあんなに引き付けるのかな。シンプルな疑問が頭をグルグル駆け巡る。違う、今はそんなことを考えてる暇なんてない。あの人のもとへ一条の気持ちを届けるために今はただ支えよう。私は頬を軽く叩くとメインステージへと駆けあがっていった。たくさんの群衆が拍手で出迎える。もっと大きな責務があるからか不思議とマイクを持つ手は少しの揺れも起こさなかった。


「みなさん! 解放祭を楽しんでいますか? 私は開会式でそれぞれの欲望を取り払い、心の壁を取り払おうと宣言しました。私がここから見る限り、今の皆さんは本当の自分をさらけ出し仲間の本音を受け入れる最高な空気に包まれています。そんな最後にどうかみんなで盛り上げていきましょう。そしてこれから始まる仲間との新たな生活に胸を躍らせるのです!」


 観衆とともに私の心も沸き上がる。そうだ、ここから始めるんだ。そして新しい門出を祝って……。大声とともに、綺麗な夜空の光とともにあの人へ届くように精いっぱい伝える。


「これでこの祭りは終わり……、と思ったでしょう。まだです! 解放祭のフィナーレはこんな静かで寂しいもんじゃない! 私がここにいる全ての皆さんに最後に驚きと歓喜の叫びを与えましょう。史上最高の瞬間をその目で、心に焼き付ける準備はいいですかっ!」 


 私ができるのはこれくらい。支えてくれたあなたにこの瞬間を捧げるだけ。私は自分の携帯を右手で強く握りしめる。微弱な振動が手のひらに伝わるまであと数秒に迫っていた。

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