第79話 新城早希の舞台前

 水蓮寺さんに閉会式を任せて数分、私は踏みしめるように校舎へと向かっていた。これから私は、悠斗に告白をする。ここで告白して悠斗との関係に何かしらの決着をつける。大丈夫だ、私はどんな結果になったとしても動じたりはしない。それが生徒会長としての、先輩としての私だから。だから絶対動じたりしない。


 自分に暗示をかけるように同じ言葉を繰り返しながらグラウンドの端を歩いていく。一条君は私についてきているのかな? 後ろを振り返ると足を引きずりながらも必死に自分を追いかけてくる人影が目に映る。私は背後の可愛い後輩に安らぎと心地よさをもらう。……よし、行こう。自分のペースと心の安定を一定に維持しながら私は校舎に入っていった。




 解放祭も終わりに向かう夜の校舎は平日だというのに物音一つもしていない。聞こえるのはただ自分の鼓動と同じタイミングで鳴り響く二つの靴音だけだ。


 ここまで本当に長かった。たった1か月の間で私の心は色んな感情で塗りつぶされ続けていた気がする。喜びや悲しみ、孤独や胸の苦しさ、様々な感情が集まってできた漆黒にずっと包まれていた。でも今日でそれも終わる。屋上に行けば私の心の色は決まる。ぐちゃぐちゃになった私の心もきっと誰かが癒してくれるんだ。きっと…………、



「「早希さん、あの……、頑張ってくださいね……」」


 

 ふとさっきの水蓮寺さんの言葉を思い出す。普段とは全く違う言葉づかいで普段より激しく光る鋭い目。あの時、彼女は何を考えていたんだろう。軽くなりかけていた心の隅の小さな不安が途端に大きくなっていく。怖い、怖い、怖い……。そうだ……、一条君なら……。階段の踊り場で祈るように目をつぶる。しかし、脳裏に浮かんだのは私が期待していたものとは全く違う光景だった。



「「………もちろんです。先輩が上手くできるように俺も心から願ってます」」



 昨日の生徒会室で一条君が初めて見せた曖昧でどことなく曇った表情。一条君は味方のはずなのに私の黒くて汚い心は疑いと不安で彼を染め上げる。あんなに自分のことを思ってくれている人を疑うなんて私は最低な人間だ。でも、怖い…………。自分がこんなに臆病で弱い人間だとは思わなかった。恐怖と絶望が心臓を鷲掴みにして離さない。怖い……、苦しい……。脳内は正直な弱い人間の声だけが響き渡る。階段を上る足取りは処刑台へ向かう死刑囚のように重たくなっていた。



 気が付くと手には屋上へのドアノブが握られていた。先へ進むことも逃げ出すこともできない。胸に手を当てて、重い頭を下に向ける。自分が想う人への気持ちよりも心の中で溢れる負の感情が吐き出てしまいそうだ。それでもずっとここにいることはできない。ここから先に進むことだけがこの苦しみから抜け出す唯一の方法だから。だから、進まなきゃ。震えの止まらない手を押さえて扉を開く。屋上には今日の主役が夜の寒さに耐えながら騒がしい音のする先を見つめていた。


「来てくれてありがとう……。今日は……、あなたに伝えたいことがあるの……」


「はい、俺もずっと待っていました。聞かせてください。早希さんの……、伝えたいことを……」


 喉は干からびたように乾ききって、胸も絞められるように苦しい。目を合わせることでさえ怖くてできない。満身創痍のどうしようもない状態。私はそんな自分をごまかしていつもと同じ素振りをする。ありのままの自分をさらけ出せるほどの余裕はどこにも存在しなかった。

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