第77話 葛藤を消し去って

「おにい! 遥さん! 私やりました! これも二人のおかげです。三品とも私に任せてくれたおかげでものすごく楽しむことができました。本当にありがとうございます!」


「うんうん……、私も桐葉ちゃんに任せて本当に良かったわ。最初は大食いリレーなんて正直わけわからない企画だと思っていたけどこんなに感動するなんて……。ああ、なんか桐葉ちゃんと喋ってたらまた泣けてきちゃったわ……」


 大食いリレー前とは明らかに違う熱量で感謝を述べる水蓮寺。桐葉も少し目を潤ませながらしばらく水蓮寺を見つめていたが俺を見ると一変して真剣な表情を見せた。


「遥さん、次の仕事は……。いよいよあれですか?」


「そうね……。とりあえず私は教務部の先生たちと連絡を取って最終調整をしてくるから、桐葉ちゃんは神谷さんと準備をしてくれる人たちに指揮と進捗の報告をお願いするわ。あと……、くれぐれも他の人にはバレないようにね……」


「もちろんです! じゃ、私は先に行きますね。何かあったらすぐに電話してください!」


 そう言うと桐葉はステージから走り去っていった。水蓮寺は俺の真正面にゆっくりと近づいてくる。もう、そんな時間か。迷いのある心の中で俺はこの状況に焦りを感じ始めていた。


「一条、アンタももう準備はできてるわよね? ……それと、具体的な告白の時間は、もう分かった?」


「告白の場所は予定通り屋上、時間は午後6時50分だ。だが…………」


「何よ。こっちも時間が無いんだから言うなら早く言ってよ」


 急に黙りこくる俺に水蓮寺は困惑する。俺は自分の中のもやがかかった感情を吐き出すように絞り出す。


「昨日と今日で急に思ったんだ。自分のために行動して先輩がもし傷ついたら俺はどうすればいいんだろうって……。俺は自分のために先輩を裏切るような最低な人間なんじゃないのかって…………」


「……それじゃ、アンタは早希さんのことを諦めようっていうの?」


 何も答えずにただうつむいたままの俺を見て水蓮寺は深くため息をつく。そして次の瞬間、水蓮寺の両手は俺の肩を強く掴んでいた。


「いい? アンタが思うその悩みっていうのはね、全部終わった時にはどうでもいいことになるのよ。早希さんがアンタを完全に拒絶したわけでもない、むしろ好きだと言われてるのになんでそんなに自信が無いの?」


「自信があるとかないとかじゃない。ただ俺が先輩のことを……」


「裏切るのがしんどいって? だったらここでアンタが諦めるのも私達を裏切る行為よ。私がどれだけアンタのことを思って動いてきたと思ってるの? そんなことも知らないくせにいい人ぶって逃げようなんて奴のほうがよっぽど最低よ……」


 水蓮寺は冷静な口調を続けてはいたが、肩を握る強さは明らかに強くなっていった。ここまで支えてくれている人がいるのにそれに気づかない。自分で始めたくせに最後の最後で逃げ出して罪悪感と後悔を仲間に押し付ける。想像の中で今よりももっとみじめな姿の自分が次々と浮かんでは消えていく。ダメだ、こんなのは俺が望んだ未来じゃない。そして、水蓮寺は俺の心を続けざまに揺り動かす。


「アンタは……、あなたはいつもそうやっていろんな人の気持ちを考えて自分のことはほったらかしにしてる。でもね……、私はそんなに優しい人には幸せになってほしいの。最高の結果を導く方法がたとえ誰かを傷つけても私は全然かまわない。だってあなたみたいな優しい人が悩んで考えた結果だもの。誰も文句を言う権利はないわ」


 水蓮寺は優しく見つめながら言葉の端々まで大切にするように俺に語り掛けてくる。ふいに自分の目から熱くなった水滴が頬を通っていくの感じた。


「私は、あなたに幸せになってほしい。あなたが幸せに過ごす姿は私に、周りの全ての人に元気を与えてくれるから。頑張って他の人を支えればいつか自分にもきっと明るい将来がやって来るって信じられるから。だから私は今も励ましてるの。お願い………、こんな私を救うために自分のことを大切にして。あなたが消えたら私……、生きていけないの…………」


 水蓮寺の目からまた涙があふれて零れ落ちていく。その瞬間に俺の心もほどけながら熱くなる。俺は自分のことを考えてもいいんだ。いや、自分をここまで奮い立たせてくれる大切な人のために考えないといけないんだ。自分が今まで躊躇していた最後の決心が固まった瞬間、俺は立ち上がり目の前の少女に笑顔を投げかける。水蓮寺はそんな俺の姿を見て安心したように頬を緩ませていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る