第72話 義妹のお出迎え

「じゃあ、俺はここでゆっくりさせてもらうぞ。なんていったってこの解放祭における最重傷人は俺なんだからな」


「ああ……、好きなだけいるといいさ」


「……痛っっっ! 一条、もう少し優しくやってくれよ。元気そうに見えて実はものすごく痛いんだぞ」


「ああ……、ごめん……」


 俺は無言で悠斗の傷に消毒液を塗る。頭が真っ暗になっている俺は悠斗がどんなに明るく話しかけても同じような返事しかできなくなっていた。今日、このテントは何回こんな暗い雰囲気になったのだろう。とてつもない居づらさにも関わらずこの場にずっと居続ける自分が不憫ふびんに思えてくる。そしてそんなネガティブなことばかり考えていたせいか、俺に出迎えが来ることをすっかり忘れてしまっていた。


「お待たせーー! おにい、遅くなっちゃってごめんね! おにいのために可愛い妹がお迎えに来たよ!」


「そうか……。完全に忘れてたな」


「えぇ!? ひどい! ひどすぎるよ、おにい!」


 いつもより十割増しでテンションが高い桐葉が現れたことで久々にテント内も穏やかな空気に包まれた。そうだった……。俺にも出番があったんだったな……。さっきまで外に出たがっていたのに俺は少し憂鬱な気分になる。


「そうか。一条は俺の代わりに大食い選手権に出るんだったな。お前も俺くらい目立てるように頑張れるといいな。……ま、俺もここで楽しく観戦させてもらうとするか」


「そういえば悠斗さん、凄い活躍でしたね。あんなに圧倒的な成績を残すなんて同じ隷属部員として鼻が高いです!」


「そうか!? それは嬉しいな。特に桐葉ちゃんにそこまで褒めてもらえると頑張ったかいがあるってもんだ。……って、それはそうと早く一条を連れ出してやってくれ。ずっとこんなところにいるからかずーっと暗い顔してて俺も気まずかったんだ」


「分かりました! じゃあおにいステージに移動するよ。早くこれに乗って!」


 桐葉は満面の笑みで俺を車椅子に誘導する。足をケガしてまともに走れなくなっているとはいえイベント中の学校内をこれに乗って移動するのか……。だが微妙に足場が悪く人も込み合っているグラウンドを松葉杖で行くのも難しい。もしこの状態で車椅子を拒否すれば全ての能力が高い桐葉は俺を担いでステージに上ろうとしたりするかもしれない。仕方がない。今は大人しく従うのが最善だ。俺は静かに車椅子の上に腰を下ろし、テントと鬱屈とした雰囲気から久々の脱出を果たした。


「いや〜〜。まさかおにいと一緒に出場できるなんてね〜。私、ものすごくワクワクしてるよ」


「そうか……? 俺はワクワクするというより怖くて仕方がない気分だ」


「嘘だ〜〜っ! だって妹がお迎えに来ておいしいものもたくさん食べられるんだよ? 幸せなことしかないじゃん!」


 桐葉は物凄く嬉しそうに話しているが、俺はそんな桐葉の声に反応した流れで自分を見てくる人の目から必死になって目を逸らしていた。無駄に目立ちながらステージに向かうのも大量の食べ物を腹がはじけ飛ぶまで詰め込まなければいけないのも全部嫌だ。俺はまた気分を下げながらステージの裏へと押されていった。

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