第38話 やるせない

 水蓮寺から救い出された俺は先輩と一緒に渡り廊下を歩いていた。胃袋にそばが詰まっているからなのか先輩が歩くスピードが速く感じる。俺は先輩を呼び止めるために無理をして先輩の歩調に合わせた。


「さっきはありがとうございました。でも今日は休みなのにどうして先輩は学校に来てるんですか?」


「……今日は学校の施設を回ろうと思って来てたの。ほら、解放祭まであと少しでしょ? もうそろそろ私も悠斗に告白する場所を探しておかないといけないから」


 少し恥ずかしかったのか先輩は早歩きになりながら答える。告白場所探しか……。確かにこの世界においてただ無計画に告白するのは愚策だ。ラブコメの定石を考慮して告白が成功する確率が高い場所を選定する必要がある。しかし……、それにしても今日の先輩は落ち着いている。俺はまたとてつもない不安と焦りを感じ始めていた。


「解放祭まであと三週間もありますけど先輩は大丈夫なんですか? 悠斗に告白したくて苦しんでいたと思うんですけど……」


「最近は悠斗や水蓮寺さんとも距離をとってるからあまり苦しくはないの。でも時折気持ちが昂ったりしたらその衝動が抑えられなくなりそうにはなるわ。だから、解放祭で終わらせないと……」


 先輩は生徒会長として発言するときと同じように立派な面持ちで覚悟を告げた。壁があったとしても簡単に超えてしまいそうな凛々しい表情に俺は困惑する。先輩はもうすでに自分の気持ちを決めている。もし、悠斗が告白を受けたら先輩はそのまま付き合ってしまうんだろうか? 俺に囁いたあの約束は先輩が心を乱していた時の間違いになるのか? 悠斗が何人かの女子に目移りしているとしても先輩のことが好きなのには変わりない。なら俺は………。二人の関係が軌道に乗ろうとしている状況で俺は先輩に何も告げることができないまま黙って歩いていた。俺も解放祭までに決着をつけないといけないのに、先輩のようには全く動けていない。自分の行動力と決断力の無さに俺はまた自己嫌悪の渦に巻かれようとしていた。


「一条君、どうしたの? さっきから浮かない感じだけどもしかして何かあった?」


 いつもよりも深刻そうに長考している俺を見て先輩は歩みを止める。異変のことを自分と同じように察知できて他人とは共有できないような悩みですらも分かち合えるはずなのに躊躇なく近づけない関係性。やるせない。異変のせいなのか自分のせいなのか俺は孤独で仕方がない。でもそれを言っていいのはここじゃない。全てが終わったら自分の全てをさらけ出せる人が現れるように今は耐えるしかないんだ。


「食べ過ぎて少しお腹が苦しくなっただけです。それより告白の場所、早く探しに行きましょう!」


 俺は桐葉のように元気よく返事をしてすぐさま下駄箱へと向かう。先輩はそれ以上俺を追及することはなかった。

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