第18話 告白は聞こえない
水蓮寺のやつめ。ちょっと恥ずかしくなっただけで、あそこまでしなくてもいいだろう。俺は完全に破壊された腹筋を押さえながら校門から出る。すると門の陰から、夕陽でさらに真っ赤になったショートカットが揺らぎ出た。
「おにいっ! 待ってたんだよ? 一緒に帰ろ?」
いつもはすぐに家に帰って家事の準備をしている桐葉が、なんでこんなところにいるのか。俺は少しだけ嫌な予感がした。だが、ここは今後の関係のためにも一緒に帰らないと仕方がない。俺はなるべく平穏を装おうと意気込んだ。
「珍しいな。ていうか、俺と桐葉が一緒に帰るの初めてじゃないか?」
「そうだよ。だからね、おにい。初めて一緒に帰る記念に手繋いでもいい?」
許可を取るふりをしながら、桐葉はすでに俺の手を握りしめていた。振り払うわけにもいかないし、もし振り払おうとしたとしても桐葉の両手から逃げきるほど今の俺には体力がない。俺は仕方なく帰宅を急ぐことにした。
「おにいの手ちょっと震えてる」
「もう、いいだろ。満足したなら早く離してくれ」
「やーだっ。今日は家まで繋いで帰るよ。手を離したらおにいがどっか勝手に行っちゃいそうだもん」
俺は一切桐葉を見ずに、ひたすら帰路を速足で進んでいく。すると桐葉は俺の左手を引っ張った。俺は黙ったまま立ち止まって桐葉を見る。オレンジに染まった桐葉はいつものように笑っていた。
「ねえ、おにい。遥さんとさっき話してたの?」
「……桐葉、お前何言ってるんだ?」
「じゃあ質問変えるね。おにいは昨日早希さんと何話してたの?」
桐葉は分かりやすく深刻に俺が動揺するように問いかけてくる。分からない。未経験の恐怖で、俺の身体は自分の言うことを聞かない。その時、桐葉はもう一度俺の左手を握り直す。
「おにいの手すごく震えてる。なんで、どうして震えてるの? かわいそう。もっと握ってあげようか」
「いや、もういい。やめてくれ。桐葉、お前はなにがしたいんだ? 俺の秘密を知って、弱みを握ってどうしたい?」
「私はおにいの一番になりたい」
桐葉は俺の耳元でそっと囁く。まるで一昨日の先輩だ。そう思った瞬間に、俺の頭に衝撃が走る。水蓮寺に殴られたわけでもないのに、頭の中で血液がぐるぐる回っていく。俺は今なにをしてるんだっけ。そうだ、桐葉に聞かないと……。何を……? もう全てが分からなくなってきた。考えることもできない俺の口は、ただ桐葉の言葉に反応するだけで限界だった。
「一番? 俺の中じゃ桐葉はもう一番の妹だぞ」
「そうじゃない。私はそんなこと求めてない。ただ私はおにいのことが……」
そこで俺の聴覚は途絶えた。またさっきのような衝撃。俺が俺でなくなるような、自分の個性が消えゆくような感覚に襲われる。もう考えることはできない。桐葉に左手を残したまま俺は静かに膝まづく。まぶたの裏から感じるのはただ光の微かな温もりだけだった。
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