第14話 マナとの別れ

 あまり食べなくなったトムに点滴を打つメアリー。

 ベッドの上で眠るトムの痩せた背中を撫でる。

 心配な顔で見つめるアルフレッドにメアリーは言う。

「……トムは……ビンセントさんが帰ってくるって、思ってるのかしら……」

「……クゥ〜ン……」

「ずっと……待ってるつもりなのかな」

 メアリーは顔を伏せ、泣いた。

 アルフレッドは切なくその頬を舐めた。



 その深夜、トムはムクリと起き上がった。

 寝静まる家の中を唸りながら走り回り、出口を探した。

 起きてきたメアリーが灯りを点け、窓ガラスを引っ掻き暴れるトムを見つけた。

「トム! どうしたっていうの?」

「シャーーーーッ!」

 トムは荒れていた。

 察したアルフレッドは玄関に行って吠え、メアリーに『開けてやってくれ』と頼んだ。



 トムが向かった先は跡地。

 その広大な闇の一角には、無数の光の粒。いや、光る目があった。

 それは野良猫たちの群れだ。

 睨みつける大勢の間を抜け、〝ジョードの店の跡地〟に辿り着くと、待っていたのはマナだった。

 そしてカシラ、クインたちが囲んでいる。

 マナは真っ直ぐにトムを見つめた。


『……来てくれるって信じてたわ、トム』

『マナ……きみの声が届いたんだ』


 辺りがざわつく。

 射し込む月明かり。浮かび上がる大きな影。

 皆の沸き立つ敵意と狼狽をカシラは一喝し、彼らに命じた。

『アルフレッドさんだ。道を開けろ』


 ゆっくりと、アルフレッドは姿を現した。

『いやぁ、驚かせて済まんのう』

 そう言ってカシラに微笑む。

『初めてわしの名を呼んでくれたな。カシラよ』

『フン! ……トムを追って来たのだろう?』

『うむ。……で、この不穏な空気は何なんだ?』

『ここを出る。この町とはおさらばだ』

『……ほう。そうか』

 険しい表情のカシラ。

 アルフレッドは深く息を吐いた。


『なるほど。それで? トムを引き入れるつもりか?』

『……ああ』

 カシラは小さく頷き、アルフレッドの耳元に寄る。

『……娘がトムのことしか言わん』



 トムとマナは見つめ合っている。

『……やっぱりそうなのかい? マナ……』

『ええ。出て行くの。ここを』

 マナは笑ってみせた。

『トム……わかってるわ。あなたの答えは』

 俯くトム。だが黙って過ごしてはいけないと思った。


『……ごめん。まだ、ここから離れられない。悔しくて……この場所が壊されたのが……まだ、忘れられないんだ。ごめんよ……』

 苦しんでるトムにマナはそっと頬を寄せた。

『……わかった。……でもいつか、また逢えるよね?』

 トムはマナの目を見て頷いた。

『うん。ぼくは、君が大好きだから』

 マナは顔を伏せ、カシラのもとへ。

『お父さん。行きましょう』

 カシラはトムには何も言わず、アルフレッドに別れを告げた。


『……トムの気持ちはわかっていた。じゃあ、元気でな。爺さん』

『どの方角へ? 宛はあるのか?』

『港のある南へ。行ってみなきゃわからん話さ』

『そうか。……元気でいろよ。皆にも、神の御加護を』

『爺さん。……ビンセントさんのこと、おれも知ってる。つらかったな……』

『そう言ってくれるか。うむ……』

『あの人のことも……あんたのことも、嫌いじゃなかった。ありがとうな』

『おう……』

 アルフレッドの目が潤んだ。

『わしも……一度はお前のように生きてみたかった』

 それはアルフレッドの内なる叫び。

 瑞々しき野生への疼きと憧れだ。

『カシラよ。お前はわしにとってトムと同じ、気にかかる存在じゃからの。そう、お前の言った通りじゃ。命に従え! 生き延びるんじゃぞ!』



 カシラの群れが離れてゆく。

 疎らな暗雲と月明かりの下。

 トムとアルフレッドは見送った。

 いつまでも。見えなくなっても。

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