第13話 クレイドルズの殺し屋
業界の〝
息子のニックがビンセント・ジョードの小さな土地に五百万ニーゼ払ったというのだ。
ニックは電話でディックに弁明した。
「脅されたんだよ! 恐ろしい目で」
《脅されたぁ?》
「……ここを五百万で買わなきゃクレイドルズ国から殺し屋が来る、ジョード家の血を分けた凄腕の兄弟〝トムとアルフレッド〟が来るって。クレイドルズはヤバい国だろ? ギャングで成り立ってるような紛争地域だ……そして、俺も化けて出てお前を一生苦しめてやるからな! って。まるで死神みてぇに」
《バカかお前は! なにか映画の見過ぎか?》
「トムとアルフレッドは音もなく忍び寄り、噛みつき引き裂く野蛮な輩だ。さあ、どうする……ってよ」
《ハッタリだぁそんなもん》
「そうとも思ったが……薄気味悪ぃし面倒臭くて……もう払っちまったんだ今更」
《まったく……》
「俺たち……時にやり過ぎってことはねえか、親父よ……」
《はあ? 何をたわけが!》
受話器から唾きが飛んでくる勢いだ。
溜まりかねたディックは啖呵を切った。
《どうせ只で手に入った土地を……この大馬鹿者め! もうその八の一番街は駐車場やホテルは止めだ、カジノを作る!》
「は? 何だよそれ! ここは俺に任すって言っただろ? ふざけんなよ」
《お前はやっぱり駄目だ。ここまでズルズル引っ張りおって! 非情さ冷徹さが足りん。そんなことでは経営者にはなれんぞ。悔しかったら金を取り戻せ!》
そこまで言われてもニックの目には鬼気迫るビンセントの真っ黒い執念の目が焼き付いて離れない。
「……んなことできるか! 本当にそいつらが来たらどうすんだよ」
《愚か者めが。そこはちゃんと調べろ。お前が現地に行ってな!》
****
十月には八の一番街の建物の解体工事が始まり、十一月の終わりの頃にはそこは全くの更地になった。
有刺鉄線で囲まれたおよそ三ヘクタールの土の地表に風が冷たく吹きつけた……。
このところ毎日のようにトムはここへ訪れる。
鉄線をくぐり、〝ジョードの焼きたてパン〟の跡地に。
そして日が暮れても帰ってこないトムをアルフレッドが迎えに来る。毎日のように。
『……トムよ。もうメアリーさんに心配かけるのはやめんか。帰るぞ』
『……うん。ごめん……』
次の日も、トムはそこへ。
NOEAを目指す人の群れがトムを見ては呼ぶが、応じない。
幼い姉弟メグとミッチもやって来たが構ってほしくなかった。
メアリーが迎えに来てもまだ、気持ちの整理がつかないままだった。
その日、マナが会いに来た。
『トム……ここには何も無い。あの川原へ行きましょうよ』
トムは空を見上げ、伸びてゆく飛行機雲を追っていた。
『トム! もう、いつまで』
『マナ。ごめんよ、考えてばかりで。……ねえ、ぼくたちも……いつか、消えて無くなるのかなぁ……』
『え?』
『ビンセントさんみたいに……死んじゃうのかなぁ』
切なく言うトムにマナは答えられず、ただ擦り寄った。
『……マナ。ぼくは夢を見たんだ。ビンセントさんの夢を。ビンセントさんはまた逢えるって言った。巡り巡って、また逢えるんだって。そう言って、空へ飛んでった』
『……ええ。わたしたちも……心はいつも一緒よ』
『ねぇ、空に……この天に、神様って本当にいるのかなぁ……』
トムはまた空を見上げ、一点を睨みつけながら言った。
『何も答えてくれないんだ……神様は。訊いても、死んでこの思い出がどうなるのか訊ねても、答えてくれない』
『トム……』
『ぼくはここで育ったんだ! ここでビンセントさんと過ごして、アルフレッドじいちゃんに教えられて、たくさんの人たちとも知り合った。それは温かい、幸せな時間だ。この場所だ、ここでの思い出がぼくの頼りなんだ! それを失くしたくない!』
歯を食いしばりながら、トムは言った。
マナは俯き、父母のもとに戻った。
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