第十五話 魔術師の肖像
『氷嵐!』
ニルダの呪文で作り出された氷の礫が冷気と共に壁に張りついた
「いやー、見事なもんだ。こりゃ俺たちいらないなあ」
ニルダの後ろで、ハルディンが呑気な声をあげる。剣を抜きもせず、腕を組んでのんびりとした構えだ。
「確かにすごいかも知れないが、呪文は無制限に使えるわけではないだろう? ニルダだけに頼るわけにもいかないんだぞ」
対するウォーレンは、剣を抜いて盾も構えて臨戦態勢だ。それに加えて、囮パーティの時に被っていた鉄のバケツ兜を被っている。カルコスに捕まった時に脱がされて、その辺に捨てられていたのをわざわざ拾ってきたのだ。
「わかっているとも、魔術師団で一番強いって話のニルダの実力を見たかったんだよ。ニルダにはここぞという時までは後ろで見ててもらうさ」
ハルディンもようやく腕を解いて、前衛の位置についた。ウォーレンもその横につき、ダルカンと三人横一列に並ぶ。その後ろにロン、ジーマ、ニルダが並んでフォーメーションを組む。この隊列で地下三階からの攻略を始める。
「それにしてもウォーレン、その兜気に入ってるのか?」
「私の命を守ってくれた兜だ。見てくれは悪いかも知れないが、これからも被っていくぞ」
そう言ってウォーレンは、宝箱の罠で
♢
地下三階の本格的な探索の第一日目が無事に終わった。階段から続く通路をまっすぐ一方向に進み、突き当たりまで行ったところで引き返し、脇道の位置を記録しながら戻ってきた。脇道は規則正しい距離を保って向かい合わせに伸びていた。
「この階層全てがそうかはわからねーが、少なくとも階段近くの通路はマス目状だな。簡単な形をしてるけど、自分の位置を見失いやすい。気をつけろよ」
「ふむ。最悪また壁に印をつけていくか」
ウォーレンの部屋で、地図と睨めっこしながらダルカンとジーマが話している。部屋の隅では、ロンが今日の探索で宝箱から得た
ニルダはロンの反対側の壁の椅子に座り、 分厚い本を膝に乗せて読んでいる。
「ニルダ、少しいいか」
ウォーレンはニルダに声をかけた。ニルダは無言で本を閉じ、顔を上げる。
「アンファングのことを聞きたい。魔術師団にいたなら、私よりは彼のことをいろいろ知っているだろう?」
「……彼は魔術師ではありますが、魔術師団の所属ではありませんでした。魔術師団のように前線で戦うわけではなく、どちらかというと古い文献の研究が主体でした。時々は、簡単な魔術の講習なんかもやっていたようですが」
ウォーレンもまだ新米の兵士だった頃に一度、彼の講義を受けている。教練の一環で、『昏睡』の呪文をかけてもらったのだ。
「『昏睡』は風の神の力を借りる呪文だから、今のように甘い微風がある。戦場で不意に甘い匂いを感じたら、急いでどこか抓るなり顔を叩くなりして刺激を与えるといい。それで運が良ければ耐えられる」
そんな手解きを受けた記憶がある。もっとも『昏睡』を得意とするカルコスには、抵抗する暇もなく眠らされてしまったのだが。
「古い文献か……どんな分野だ?」
「主に古代の民の文献を収集していたように思います。それと神々の間で使われた秘宝のことなども」
「神々の秘宝……あいつが城から盗んでいったものもその一つか」
「『銀眼の首飾り』。神々の奇蹟の力が込められた一品と言われています。その力を解放すれば、一度だけ神に等しい力を行使することができると言われています。彼はその力を使って、この地下迷宮を作り出したのでしょう」
神に等しい力。それならば一瞬のうちに何もない地下に迷宮を出現させることも可能なのだろうか。そもそもそんなとてつもない力を持つ宝物が城の宝物庫に眠っていたなんて、ウォーレンは誰からも聞かされていなかった。城の警備を担う兵士の長が、自分の守っている城に何があるかも知らなかったとは。
その考えが顔に出ていたのか、ニルダが
「首飾りの持つ力は、我々魔術師団にも知らされていませんでした。あれだけの力を持つ首飾りです。知っていれば争いの種になる。おそらく代々の国王陛下以外にはずっと隠されていたのでしょう。アンファングに盗み出されてはじめて、
と付け足した。
代々の国王以外には知らされていなかったという首飾りの力を何故アンファングが知っているのか、それを使って何故こんな地下迷宮を作り上げたのか。まだまだわからないことは多い。
「結局は本人を捕まえて聞き出すしかないわけか」
「そうなりますわね」
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