第十四話 魔女帽
「せーの、乾杯〜〜ッ‼︎」
ブルグラフ伯の屋敷のウォーレンの部屋で、なみなみと酒の入った木のカップがぶつかり合う。ラース教の狂信者から攫われた冒険者を救出したことを祝うささやかな祝宴である。ラース教のこと自体ほとんどの冒険者に知らされていなかったこともあり、街の酒場で騒ぐのも不自然だろうということで、屋敷の中で宅飲みである。
テーブルの上に酒場で買い込んできた酒とつまみが並ぶ。それをいつもの六人とデーコンとモイで囲むと、部屋はかなり狭くなっていた。
「おいウォーレン! そんな端っこにいないでこっちに来い!」
カップを振り回してジーマが叫ぶ。ウォーレンは部屋の隅っこでほとんど隠れるようにして座っていた。
「い、いや私は……」
「あの時殴られたことなら気にはしてないぞ。それよりせっかく肩の荷が一つ降りたんだ、飲もうじゃないか」
ばつの悪そうにしているウォーレンにハルディンが手招きして呼ぶ。彼はあの日救出直後のウォーレンから殴りかかられていた。
♦︎
狂信者カルコスが無惨に焼け死んだのを確認したハルディンと、駆けつけたダルカン達はすぐさま囚われた冒険者の救出にかかった。樽や長櫃に詰め込まれていた冒険者達のロープを次々にほどいて自由にしていく。助かったことに喜びながら馬車を飛び出していく元生贄たちだったが、一人だけ様子が違った。最後にハルディンの手で長櫃から助け出されたウォーレンは、すぐさまハルディンに飛びかかって拳で打ち据えたのだ。
「お前がラース教の手先だったとはな! 見損なったぞハルディン!」
ハルディンが馬車に生贄を包んだ布の包みを積み込む時、一瞬布の合間から顔の見えた生贄がいた。それがウォーレンだった。生贄の顔がいたく腫れていたのもあって、ハルディンはそれがウォーレンであることに気づいていなかったが、ウォーレンの方では、カルコスと共に生贄を積み込んでいたのがハルディンだと気づいていた。ハルディンが狂信者側なのではないかという僅かな疑いが現実になったと思ったウォーレンは、長櫃から解放された直後に、ハルディンに飛びかかったのだ。
「待て! 何のことだ!」
「問答無用‼︎」
もう一度拳を振りかぶったところでウォーレンの記憶は一度途切れている。原因はロンが延髄に叩きつけた手刀である。
「……ロン、何もそこまでしなくても……」
「いいじゃないどのみち他のケガと一緒に治すんだから」
荷台の床に顔から突っ伏したウォーレンを見下ろして、武闘派僧侶はあっさりとそう言ってのけるのだった。
翌日屋敷で目を覚ましたウォーレンは、ブルグラフ伯から事情を聞いて、ハルディンの無実を知ったのだった。
ちなみに、ウォーレンがハルディンを疑い始めたきっかけになったのは、夜にハルディンがこっそりと宿の主人に手紙を渡していた光景だったが、そのことをハルディンに問いただしたところ、
「あれは、その……故郷の家族に送ったんだ、ミード村っていう小さな村なんだが」
「ミード村なら知ってる。のどかでいいところだよな。で、なんで家族の手紙をそんなにコソコソしながら送らなきゃならん?」
「手紙と一緒に、妻に贈る首飾りも贈ったんだ。あの
「……」
「……」
ウブな子供かと言わんばかりの理由である。文句の一つも言ってやろうかと思ったウォーレンだが、耳まで赤くして本気で恥ずかしがっているハルディンを見ていると、これ以上言うのは酷かと思えてくるのだった。
♦︎
「で、ラース教の問題も片付いたことだし、明日から迷宮の攻略の方に戻ろうと思うんだが、そのことでみんなに言っておかなきゃならないことがある」
ウォーレン含め、全員にほどよく酒が入ってきた辺りでハルディンが言った。「そういう連絡事項は飲み始める前に言うべきでは?」というウォーレンの突っ込みはきれいに流された。
「実は、我がパーティで頑張ってくれていたマルコなんだが、彼が今日限りで抜けることになる」
皆の視線が一斉にマルコに集まる。マルコは慌てて椅子から立ち上がった。
「え、ええと、すみません。急な話になってしまって……」
「実は、迷宮から出てくる黒い武具。アレの解呪を、教会やら街の魔術師やらでできるように今練習中なんだが、どうにも成功率が高くない。なので解呪の上手いマルコに専門にやってもらえないかと教会と武具店から打診が来たんだ」
今後はマルコは武具店に専属の解呪師として常駐し、持ち込まれた武具を解呪することになる。解呪の結果不要だと判断された武具は、そのまま店で引き取って、店頭に並べるなり潰して新しい武器の材料にするそうだ。
「そうかぁ……寂しくなるわね」
「でもまた武具屋で会えますから! たくさん装備持って帰ってきてくださいね、皆さんの持ち込みなら最優先で解呪しますから!」
『本番』と銘打たれた地下三階に挑むのに、マルコはまだ経験的にも厳しいかも知れない。抜けるならこのタイミングがベストだろう、とウォーレンは考えた。もし迷宮でマルコに万が一のことがあって、教会から恨まれるのは避けたい。
「そうなると、地下三階はまた五人でか。私はまだ一度も降りたことがないんだが、五人で攻略できそうなのか? 地下三階は」
「いや、わりと厳しい」
ウォーレンの問いに、ハルディンがさらっと答えた。
「俺たちも下見程度に降りただけだが、
猪と豚の中間のような頭部を持った亜人種、オーク。ゴブリンのようなすばしこさや小賢しさはないが、そのかわり力で敵を圧倒する。その上集団で行動することが多く、オークの群れに囲まれれば、フルプレート装備の冒険者でも無傷では済まない。そんなオークが地下三階では弱い部類に入るという。
「……厳しいな」
ウォーレンが腕組みして唸る。
「ああ厳しい。ヘイオーン丘陵でオークの軍隊と戦ったことがあるが、あの時も魔術師が相手の一角を受け持ってくれたからなんとかなったんだ。一対多数なら、戦士より魔術師の方が得意だからな」
その大規模なオーク討伐にはウォーレンも参加していた。その時は前を固める歩兵でオークの突進を受け止めつつ、後ろから高台に陣取った魔術師団が雨あられと呪文を撃ち込んで数を減らし、最後に騎兵と歩兵で押し返しながらオークを殲滅する戦法だった。呪文が撃ち込まれるたびに、面白いようにオークの群れが減っていったのを覚えている。
「やはり魔術師は欲しいな。ハルディン、誰か魔術師の知り合いはいないのか?」
「実戦レベルのやつとなると、最近こんがりと焼けたやつしか知らんな」
高位の転移呪文を使っていたカルコスなら確かに最適ではあったろうが、彼は既に教会の土の下だ。それに仮に生きていたとしても、仲間として一緒にやっていくのはウォーレンとしてはごめんだ。
「城の魔術師団の中から誰かに来てもらえないか頼んでみるか。今から城に手紙を……
「その必要なら不要ですわ!」
大声と共に、部屋の扉が開け放たれる。そこには黒いマントに身に包んだ女性が立っていた。長い金色の髪を後ろで束ね、長い杖を手に持っているが、それより目を引いたのが、彼女の被っている
「……なんだよあの十段重ねの
部屋の隅でジーマが呟く。彼女は
女性はデーコンとモイがおっかなびっくり制止しようとするのを無視して、テーブルの前に歩み出た。歩くだけで頭の十段重ねがゆらゆらと揺れる。
「お初にお目にかかります、ウォーレン兵士長。
マントの前を開くと、その下の紺色のローブと、そこに金糸で刺繍された紋章が見えた。ウォーレンにとっては馴染み深い、ヘイオーン王家の紋章だ。その下にもう一つ控えめに施された刺繍は、たしか魔術師団の紋章だったはずだ。
「この度の騒動は、魔術師アンファングが起こしました。同じヘイオーンに仕える魔術師として、あの裏切り者の首を獲って陛下に差し出さねば申し訳が立ちません」
いや捕らえるだけでいいんだけど、というウォーレンの突っ込みは無視された。
「本来なら団員全員で迷宮に入りたいところですが、他にも仕事はありますし、王城の護りも疎かにはできません。ということで」
ニルダは十段重ね
「迷宮に挑む代表を決めるために、団員全員で
つまり勝負に負けた魔術師から、帽子を奪い取ってきたらしい。オークはよく殺した敵の一部(主に骨)を身につけて、その数で強さを誇示するというが、それと同じようなものだろうか。
「けして足手纏いにはならないと約束いたします。ウォーレン兵士長、
「ああ、ええと……ハルディン?」
このパーティのリーダーはハルディンで、決定権は常に彼にある。ウォーレンから決断を求められたハルディンは、あっさりとニルダの加入を承諾した。
「ちょうど魔術師が欲しいという話をしてたんだ。よろしくニルダ。歓迎するよ」
ジーマやロンも、面白くなってきたと言わんばかりの顔でいる。
「ハルディン、大丈夫か? 無理なら無理と言ってくれて構わないんだぞ」
「なに、少々変わり者のお嬢さんのようだが、このくらい冒険者の間にならごろごろいる。問題はない」
「な、ならいいんだが……」
さっそく新しい仲間を囲んで再び乾杯の運びとなった。カップを掲げて騒がしくしているハルディン達を見ながら、
「にしても……どうしてロンといいニルダといい、脳筋思考の術師ばかりが集まるんだろうな……」
そうウォーレンはひとりごちた。その後ろで、僕は違いますよ、と言わんばかりにマルコが首を横に振っていた。
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