第十二話 燃える森②
「うあー、腰がいてー、なんで草刈りなんかやらなきゃいけねえんだよめんどくせぇー」
「草刈りじゃなくて薬草摘みですよジーマさん、ほら、頑張って摘みましょ」
「ぬぁー、めんどくせぇー!」
時間を少し遡って、ウォーレンがパーティを抜けて三日目の昼。ハルディン達は街の北に広がる森の中で、薬草摘みに精を出していた。
ウォーレンが不在のまま、とりあえず地下三階の下見だけでもしておこうと迷宮に入った彼らは、
「さてどうする。あのトカゲ達は厄介だぞ」
「私の呪文で解毒はできるけど、そう何回も続けて唱えられるわけじゃないし、解毒薬は必要よね」
マルコの案内で、ハルディンとロンが街に店を開いている錬金術師のところに足を運んだ。ノームの老錬金術師が出迎えてくれたが、解毒薬の話になると途端に顔を渋くした。
「売ってやりたいのはやまやまじゃがな、肝心の材料が足りんのよ。採りに行きたくても、ワシはこの歳じゃし、森で魔物に襲われたらひとたまりもない。いつもは代わりに採集に行ってくれる者達も、今はあの迷宮とやらの対応で手一杯。街に来た冒険者達に採集依頼を出してもみたんじゃが、しょぼい草むしりより、一攫千金が狙える迷宮の方が良いということで、誰も見向きもしてくれんのじゃよ」
「なるほど……どうする? ハルディン」
ハルディンはしばらく店の中を見回しながら考えていたが、
「なあ先生、その薬の材料になる薬草は、俺たちみたいなシロウトでも見つけられるものなのかい」
「ん? ああ、それは大丈夫じゃ、ちゃんと見分けのつく特徴がある。それにこちらで一度きちんと持ち帰った薬草の選別もするからな」
それを聞いたハルディンはニヤリと笑うと、
「よし、じゃあ俺たちが薬草集め行ってくるよ。タダで」
と言った。その腕をロンが引っ掴む。
「ちょっと、本気?」
「どのみち一人欠けてる今、地下三階の本格的な探索は避けたい。ウォーレンが戻ってくるにせよ別の誰かを加えるにせよ、その前に必要な薬の生産体制を整えるのは悪いことじゃない」
「いや、確かに解毒薬は必要だけど……」
「それに、完全に無償ってわけじゃない。金銭は受け取らない代わりに、生産した解毒薬を俺達に少し多めに融通して欲しい。どうだ先生」
老ノームはそれを聞くと顔を綻ばせて
「ああ、それなら構わんとも。あんたらの分は別で取り置いておくようにしよう」
ハルディンと老ノームはその場で簡単な書面を取り交わし、材料になる薬草の特徴と採集できる場所を教わった。そして翌日から、五人総出で森の中心部で薬草採取に勤しんだ。
「うあー、腰がいてー、なんで草刈りなんかやらなきゃいけねえんだよめんどくせぇー」
「草刈りじゃなくて薬草摘みですよジーマさん、ほら、頑張って摘みましょ」
「ぬぁー、めんどくせぇー!」
時間を少し遡って、ウォーレンがパーティを抜けて三日目の昼。ハルディン達は街の北に広がる森の中で、薬草摘みに精を出していた。
ウォーレンが不在のまま、とりあえず地下三階の下見だけでもしておこうと迷宮に入った彼らは、
「さてどうする。あのトカゲ達は厄介だぞ」
「私の呪文で解毒はできるけど、そう何回も続けて唱えられるわけじゃないし、解毒薬は必要よね」
マルコの案内で、ハルディンとロンが街に店を開いている錬金術師のところに足を運んだ。ノームの老錬金術師が出迎えてくれたが、解毒薬の話になると途端に顔を渋くした。
「売ってやりたいのはやまやまじゃがな、肝心の材料が足りんのよ。採りに行きたくても、ワシはこの歳じゃし、森で魔物に襲われたらひとたまりもない。いつもは代わりに採集に行ってくれる者達も、今はあの迷宮とやらの対応で手一杯。街に来た冒険者達に採集依頼を出してもみたんじゃが、しょぼい草むしりより、一攫千金が狙える迷宮の方が良いということで、誰も見向きもしてくれんのじゃよ」
「なるほど……どうする? ハルディン」
ハルディンはしばらく店の中を見回しながら考えていたが、
「なあ先生、その薬の材料になる薬草は、俺たちみたいなシロウトでも見つけられるものなのかい」
「ん? ああ、それは大丈夫じゃ、ちゃんと見分けのつく特徴がある。それにこちらで一度きちんと持ち帰った薬草の選別もするからな」
それを聞いたハルディンはニヤリと笑うと、
「よし、じゃあ俺たちが薬草集め行ってくるよ。タダで」
と言った。その腕をロンが引っ掴む。
「ちょっと、本気?」
「どのみち一人欠けてる今、地下三階の本格的な探索は避けたい。ウォーレンが戻ってくるにせよ別の誰かを加えるにせよ、その前に必要な薬の生産体制を整えるのは悪いことじゃない」
「いや、確かに解毒薬は必要だけど……」
「それに、完全に無償ってわけじゃない。金銭は受け取らない代わりに、生産した解毒薬を俺達に少し多めに融通して欲しい。どうだ先生」
老ノームはそれを聞くと顔を綻ばせて
「ああ、それなら構わんとも。あんたらの分は別で取り置いておくようにしよう」
ハルディンと老ノームはその場で簡単な書面を取り交わし、材料になる薬草の特徴と採集できる場所を教わった。そして翌日から、五人総出で森の中心部で薬草採取に勤しんだ。
「ハルディーン、めんどくせえよぉー」
「我慢しろジーマ。斥候は宝箱の罠とかで毒を喰らう可能性は高いだろ。回り回って自分の身を守ると思え……あれ、ダルカンはどこに行った?」
薬草採取は採取と護衛にわかれている。ジーマ、ロン、マルコが採取、ハルディンとダルカンが周辺の警戒担当である。しかし、獣道を挟んで反対側を見回っているはずのドワーフの姿はどこにもなかった。
「なんだよダルカンサボりかよ!」
「おーいダルカン、どこにいる? 顔見せてくれ」
ハルディンとジーマの呼びかけにも、ダルカンが戻ってくる気配がない。作業を中断して、全員で道から茂みの中に入っていくと、下草の中にうずくまっているダルカンの姿が見えた。
「どうしたんですか、ダルカンさん?」
マルコに呼びかけられ、ダルカンはやっとこちらに気付いて振り返った。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。
「お前達か。見ろ、これを!」
ダルカンは、後ろにある木の幹を叩いた。その木は根本近くの皮が剥がされ、円型の複雑な紋様が掘り込まれていた。ロンとマルコが木に近寄ってかがみ込む。
「これは……魔法陣?」
「そうです。しかもかなり高度な呪文の……ひょっとして、これは転移呪文のポータル?」
「ポータル?」
「転移呪文の転移先を指定するための魔法陣です。どこで呪文を使っても、この場所に転移できるように」
「……こんな森の中に?」
ダルカンが再び幹をぶっ叩き、話に割って入る。
「問題はそこではないッ、この魔法陣の様式は、ラース教のものだ!!」
ダルカンの所属する炎狼教会とラース教は、お互い敵視しあっている。炎狼教会が現在の炎の女神フェンヌを信仰しているのに対し、ラース教は先代の炎の神にして破壊神のラースを信仰しているからだ。炎狼教会の信者に『同じように火の神を信仰しているんだから似たもの同士なんだろう』などと言った日には、それこそ烈火の如く怒られるだろう。
「つまりラース教の連中が、ここに転移呪文で来ていると。なるほど、悪い噂のつきまとう奴らのことだ。人目にはつきたくないんだろうな」
ハルディンとジーマも木の根元にやってきて、魔法陣を覗き込む。
「噂っつーか、実際にやってんだけどな連中は。少し前もサリヤナ正教会の僧侶がエグい殺され方したらしいじゃねえか」
「とにかく。ラース教の痕跡を発見したのなら、伯爵には報告しておいた方がいいだろう。区切りのいいところで採取は切り上げて、街に戻ろう」
「わかった、報告感謝する。ハルディンよ」
伯爵の自室にて、ハルディンとブルグラフ伯はテーブルを挟んで向かい合っていた。
「早急に対策をなされた方がよろしいかと」
「んむ……というかな、既にラース教が街に入り込んだという報告は別のところから来ている。
奴らは迷宮の出現で急激に人の出入りが増えたこの街に潜り込んで、人の目の届きにくい地下で生贄を掻っ攫うつもりなのだろう。兵士に迷宮の出入りを管理させて牽制したつもりだったが、まさか転移呪文で迷宮から脱出するつもりとはな。入り口でいくら見張ろうがお構いなしということだ」
「しかし、敵の転移先は確定しました。待ち伏せて捕らえることも不可能ではありません」
「確かにそうだ。とはいえ場所は魔物もいる森の中だ。確実に捕らえられるか?」
ハルディンはふむ、と顎に手を当てて押し黙った。頭の中で、ポータルのあった森の中と、その周辺の地形を思い浮かべる。
「……転移呪文は高度な呪文ゆえ、詠唱にかなりの集中力が必要になります。危険な森の中に転移してきて、そこからまた別の場所への転移呪文を唱えるとは考えられない。攫った生贄を奴らの隠れ家に運ぶために、何か偽装の出来る移送手段を用意するはずです。おそらくは馬車でしょう」
「馬車か。あの森でも無理やり通ろうと思えば通れなくはないな」
「なので、その馬車の御者に俺が入れ替わります。そのままおそらく街道まで出るでしょうから、その出口に兵を待機させておいてください。出口まで来たらみんなで一斉に……」
「脱出して油断しているところを叩くわけだな。なるほど……それなら一つ伝えておくべきことがある。私は狂信者が食いつくように、囮のパーティを編成して迷宮に送った。その中にウォーレンがいる」
「……何ですって⁉︎」
急にウォーレンがパーティを抜けたのはこれが理由か。城に戻ると言っていたのは嘘。詳しい事情も話してもらえなかったということは、
「……我々のパーティも、容疑がかかっていたんですね」
「申し訳ないがそういうことになる。迷宮の攻略を優先させて、身辺調査もほとんどせずに冒険者を呼んでしまったせいで、街に来た全ての冒険者に狂信者の疑いがあった。故に君らにも内密に、ウォーレンに動いてもらう必要があったのだ。すまない」
ブルグラフ伯が頭を下げるのをハルディンは慌てて制止する。
「頭を上げてください伯爵、市民の安全の為に迷宮攻略を急いだのも仕方のないこと。とにかく今はラース教の問題を片付けねばなりません」
「そう言ってもらえると有り難い。ウォーレンがうまく狂信者を捕らえてくれたならいいが、万が一逆に捕らえられていた場合……」
「もちろん、助け出しますとも」
♢
それから数日後、ハルディンは森の中を進む馬車の御者台の上にいた。本来の馬車の御者は、今頃ファランドールの地下牢で臭い飯をたらふくご馳走になっていることだろう。奴から聞き出した情報をもとに、今のところのハルディンは御者としてうまく振る舞えているはずだ。
後ろの荷台には、捕らえられた生贄五人とラース教の信者、カルコス。生贄達は全員顔を隠されて見えなかったが、この中にウォーレンがいる可能性が高い。
街道の入り口までたどり着けば、ファランドールの兵とダルカン達が待ち受けている。カルコスが転移呪文で逃げ出さないよう、例のポータルの魔法陣は馬車が出発した後にジーマが破壊してくれている。便利な魔法陣だが、ナイフで傷一本つければ、それで機能を果たさなくなる。あとは平静を保ちながら、街道まで馬車を走らせればいいだけだ。
「……と思ってたのになあ!」
周囲の森はごうごうと燃え盛り、馬車の行くてにはこれまた燃え盛るたてがみをもつ狼が立ちはだかっている。
「落ち着きなよ。御者くん。よく見な、火の粉は幌にたくさん降り注いでいるけど、全く燃える様子はない。この炎は僕らに危害を加えない。これは五人もの生贄を捕らえたご褒美さ。
カルコスが誇らしげに叫ぶ。本当にあの狼がラース神の遣いだとしたら、もはや一介の冒険者が太刀打ちできる相手ではない。彼はこのまま生贄が食い殺されるのを黙って見ているか、一か八かの抵抗を示してこんがり焼かれてしまうかの二つに一つだ。勿論その後に生贄は美味しくいただかれる。
しかし、別の可能性がある。『炎狼』教会ともいうように、フェンヌ神の遣いもやはり狼だ。もし今目の前にいるのがラースではなくフェンヌ神の遣いであるならば、あの狼は生贄に牙を剥くことはない。
「……カルコス様、本当にあれがラース神の遣いなのですか?」
「フェンヌの手下かもしれないって言いたいのかな? 大丈夫、今まで何人もマヌケを捕まえて来たけど、アイツ《フェンヌ》は何もしてこなかったよ。あれは間違いなくラース神の遣いさ。さあ、生贄を箱から出せ!」
言うが早いか、カルコスはすぐそばにあった樽を開け、生贄の首根っこを掴んで引き摺り出した。
「そうはさせん!」
ハルディンが腰の短剣を抜いてカルコスに突きかかった。あの狼がラースの遣いであり、自分も生贄も殺されるとしても、その前にこの狂信者を道連れにできるなら、僅かなりともブルグラフ伯の期待に応えることにはなるだろう。
「血迷ったか!」
カルコスは短剣を躱し、邪魔になった生贄をその場に手放すと、すぐさま呪文で応戦する。火の玉を飛ばす初級の呪文『火球』だが、布の服一枚の今のハルディンが食らえば一瞬で火だるまだ。
しかし、その火球がカルコスの指から放たれる前に、荷台の中に燃える狼が飛び込んできた。ハルディンとカルコスの間に割って入ってきた狼は、荷台に転がる生贄を咥えて馬車から飛び出していった。
「しまった!」
ハルディンが馬車から飛び出した時には、狼は布に包まれた生贄の頭を咥えたまま、悠然とそこに立っていた。そして荷台にも幌にも焦げ跡一つ残さなかった狼の炎が、生贄の頭に燃え移りメラメラと燃え上がり始めた。
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