第十話 革鎧
「あれ、今日はすんなり中に入らせてくれないみたいっスよ」
迷宮入り口前。今日も迷宮の探索に挑もうとするパーティを、警備の兵士たちが声をかけて引き留めている。ウォーレン達のパーティも同様に、順番に待つようにとその場で立ち止まらされた。
ややあって、一人の兵士が帳簿のような物を持って一同の前に出てきた。
「今日から毎回、迷宮に入るパーティの名前と人数を記録することになった。面倒だろうが、迷宮内での遭難者を早期に見つけるためでもあるので協力願いたい。丸二日帰ってこないパーティがいたら、遭難したとみなして救助隊を編成する予定だ」
なるほど、上手いこと考えたな、とウォーレンは兜の中でニヤリと笑った。迷宮に入る前と出て来た時で人数が増えていたりするパーティがいたら、そいつをマークすればいい。その増えた人間は、十中八九ラース教に拉致された人間だ。
伯爵が恐れているのは、狂信者が拉致した人間を眠らせたり気絶させて重傷者のように仕立て上げ、迷宮入り口をさっさと通過してしまうことだった。しかし人数を行き帰りで記録しておけば、この手は使えない。狂信者連中もやりにくくなるだろう。兵士の言う遭難者云々は表向きの理由だ。
ハルディンのパーティと革鎧パーティが名前と人数を書き終えて、ウォーレン達の番がやって来た。帳簿を持った受付役の兵士が、わずかに頷いてから、帳簿と羽根ペンを渡して来た。
「もし字が書けないなら代筆も可能だ。遠慮せず言ってくれ」と言ってから、続けて小声で「兵士長、念のため偽名でご記入願えますか」と付け足して来た。
部下の二人はともかく、ウォーレンは兵士長としてこの街でも何度も名前を呼ばれている。ラース教の信者が彼のことを知っていても不思議ではない。なので今回の作戦にあたって、ウォーレン達はブルグラフ伯爵から新たに偽名も賜っているのだった。羽根ペンを取り、帳簿に偽名を書き込んでいく。
人数:三人
リーダー:ヘンチョ
メンバー:デーコン
モイ
伯爵渾身の名付けである。ウォーレンがヘンチョ。部下の元気な方がデーコン、敬語が抜けきらない部下の方がモイである。ヘンチョは兵士長をもじってつけたそうだ。いかにも田舎くさい響きだろう、と偽名を授けた時の伯爵はご満悦であった。
「笑うなよ、伯爵直々の御命名だぞ」
受付役の兵士は今初めてウォーレンの偽名を聞いたのだろう、笑い出しそうになっていたのでとりあえず釘を刺しておいた。
ついでに帳簿の上の方に書かれた名前にもざっと目を通しておく。一番はじめにハルディンのパーティが
人数:五人
リーダー:ハルディン•ウィラー
メンバー:ダルカン•マグラートフ
ロン•マーニィ……
と五人分書いてあり、その下に革鎧パーティの名前が三人分続いていた。少なくとも三人の名前でウォーレンの記憶に引っかかるものはなかった。
「よし、行くぞ。今日もグルリと地下一階の巡回だ」
ウォーレン改め、田舎から出てきた駆け出し冒険者のリーダー、ヘンチョの号令で、三人は迷宮に潜っていった。
松明の明かりの中、三人の自称田舎者は往く。通路を歩きながら、デーコンがふと思い出したように呟いた。
「ハルディン•ウィラー……帳簿でフルネーム見て思い出したっス。何年か前のヘイオーン丘陵のオーク討伐で褒賞をもらっていたやつがいたんスけど、あの人がそうだったンスねえ」
ヘイオーン城の南に広がるなだらかなヘイオーン丘陵を占拠しようと、オークをはじめとした亜人種が蜂起した事件があった。ヘイオーンの兵士と有志の冒険者との連合軍で退けることに成功したが、その時獅子奮迅の活躍を見せ、国王陛下かは褒賞を賜った冒険者がいたことをウォーレンも思い出した。
その経歴があったからこそ、ブルグラフ伯爵はまずはハルディンに声をかけたのだろう。聞けばこの街に迷宮が生まれたとき、ハルディン達はすぐ隣の港町に宿を取っていたという。そのおかげですぐにファランドールに向かい、冒険者としては迷宮に一番乗りできたというわけだ。
(アイツが港町にいたというのは偶然だろうか。アンファングとラース教が通じていたとするなら、そしてハルディンがラース教の信者だったとしたら、あいつはこの街に迷宮が生まれるのを知っていて、すぐそばの港町で待機していた……?)
またぞろ湧き出した疑念は、通路の曲がり角を照らす明かりを見た途端引っ込んだ。明るさから見て、向こうも松明の明かりのようだ。ということはハルディン達ではない。
曲がり角を覗き込んで見ると、革鎧の三人組がゴブリンと戦っているところだった。ただし実際に戦っているのは三人のうち一人だけで、残り二人は少し距離を置いて戦いを見守っている。
「手を貸すか?」
一番近くにいた革鎧の男にウォーレンは声をかけた。頬骨の出た、痩せた感じの男だ。男はいきなり声をかけてきた相手の風体(バケツ兜に革鎧の胴)に一瞬びっくりしたものの、すぐに
「いや、助太刀には及ばねえ。ゴブリン一匹位一人で倒せなきゃ、冒険者とは呼べねぇからな。危なくなったら俺たちが助けに入る」
と腰の短剣を叩いてみせた。どうやらゴブリンと対峙している革鎧はド新人で、残り二人は彼の先生的なものらしい。
「よし今だっ、いけっ!」
「は、はいっ!」
見守る革鎧の声に弾かれるように、剣を持った革鎧がゴブリンに向かって突進する。そのままうわーッと叫びながら大上段から剣を振り下ろすが、ゴブリンはあっさりとそれをかわして距離を取る。
「大振りはやめろって言っただろ! 隙は小さく、次は突いてみろ!」
「はいっ‼︎」
今度はこっちの番とばかりに襲いかかってきたゴブリンに剣を突き込む。剣先が肩口をかすめ、ゴブリンがギィと吠えた。一度剣が当たったのに気を良くしたのか、新人の革鎧は何度も突きを繰り出した。ゴブリンも負けじと持っている刃こぼれだらけのナタを振り回して応戦する。
そのままワーワーギーギーと両者大騒ぎしながらもつれあい、最終的には革鎧の方が勝ちを収めた。
「おめでとう、これでようやく冒険者だな」
仲間に声をかけられて嬉しそうな顔は、まだマルコと同じくらいの少年のものだった。
ゴブリン一匹に大立ち回りだったが、仲間のサポートがあれば地下一階くらいならなんとかなるかもしれないな、と心の中で評しながら、ウォーレンは痩せ顔の革鎧に軽く手を振って、デーコン、モイとともに別の道を進み始めた。
♢
それから数日、地下一階をぐるぐると回る日々が続いた。来る日も来る日もゴブリンを殴り倒し、たまに出てきた宝箱を慎重に開けたり開けられなかったりしながら毎日迷宮に潜った。
第四小隊をまとめて教会送りにしてくれた
「にしてもぜーんぜん来てくれないッスね狂信者さん」
納屋で背嚢を枕代わりにして寝転がったデーコンが言う。
「入り口前での受付が功を奏しているのかもしれませんよ。完全に拉致を防ぐことは出来ないかもしれませんけど、少なくとも動きを見られているというのはプレッシャーになるはずです」
戦利品の未解呪の武具を納屋の隅に並べながらモイが返す。この一件が片付いたらマルコに解呪を頼むつもりだ。きっと大喜びで片っ端から片付けてくれるだろう。
ハルディンのパーティはおそらく地下三階の探索に向かっているのだろう、地下一階を巡回するウォーレン達の前に現れることはない。もちろん宿には帰って来ているので、デーコンかモイが通りすがりのフリをして毎日様子を確認してくれている。あの夜以来、ハルディンが単独で行動している姿は見ていない。
逆に革鎧三人組はちょくちょく迷宮内で顔を合わせるようになり、お互いに「あっちに
一度モイが「あの三人が狂信者の可能性はありますか」と尋ねてきたことがある。ウォーレンとデーコンは共に「全くないとは言い切れないが可能性は低い」と答えた。あのド新人の少年を連れたままでは、拉致を試みでも足を引っ張られそうだったからだ。
革鎧の少年はいまだにゴブリン一匹に苦戦しているようで、たまにワーキャーいう声が道の奥から聞こえてくる。微笑ましい反面、まだまだ一人前には遠そうであった。
囮作戦を始めて七日目、今日もウォーレン達囮パーティは地下一階をあてもなくウロウロとしていた。入り口前の受付の兵士からも、迷宮から帰ってこなかった冒険者は今のところいないと報告を受けている。今日もし何事もなければ、成果なしとして伯爵と今後の作戦を話し合わねばならない。
「ほんとにもう帰っちゃったかもしれないっスよね、もう七日も何もしてこないなんて」
「とはいっても、街から出て行った証拠がなければこの作戦をやめるわけにもいきませんしね……」
デーコンとモイが小声で愚痴りながらウォーレンの後について歩いている。隊列を組めと指示しないウォーレンも、だいぶやる気を無くしてきている。なんせ目にするものはずっと迷宮の壁と床、そしてゴブリン。この三つばかりだからだ。
今日も三人の行く先には、壁、壁、壁、床、床、ゴブリン、床、ゴブリン、壁、壁、革鎧の死体。
──死体?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます