第五話 人馬の戦士

 顔や体のところどころを食いちぎられ、残った肉も腐乱した死体。それらがゆっくりと震えながら起き上がり始めている!

 

「うォォッ‼︎」


 先頭の死体をハルディンが剣で袈裟懸けに斬りつける。死体は左肩から斜めに斬られた勢いのまま、腐臭を撒き散らしながらもんどり打って倒れる。


「ウォーレン、こいつらはもうお前の部下じゃない、彷徨える霊に取り憑かれた動く死体アンデッドだ。倒すしかない!」


 野晒しにされた死体や埋葬が不完全だった死体が動き出す話はヘイオーンでもたまに聞く。虐げられて死んだ動物の霊や罪人の魂などが寄り集まり、死体に取り憑いて動き始めるのだ。複数の霊の集合であるため自我と呼べるようなものはなく、まだ生きている人間を殺して、その魂を自分たちに結合させるために機械的に襲ってくるのだという。


「ハルディン、退がりな!」


 次の一体をロンが迎え討つ。振り下ろされた腕を円盾バックラーで弾き、下から掬いあげるように戦棍で死体の顎を強かに打つ。その瞬間、死体から幾つもの濃い煙のようなものが抜けていき、死体はその場に崩れ落ちてゆっくりと溶け出していった。


「なんという荒っぽい除霊だ! お前は戦士になった方がいい!」


 ダルカンがロンにヤジを飛ばしながら、昨日手に入れた斧を振りかざす。炎の魔力を込めた斧は炉から出したばかりの鉄のように赤く輝く。


「皆離れとれよ! イェリャア‼︎」


 横薙ぎに振るわれた斧から炎が巻き起こる。炎 

は後方にいた死体三つと、最初にハルディンに斬り倒されたぶんを呑み込んで燃え上がり、部屋の中を赤く照らした。


「熱っち……派手にやったな、ダルカン」

「灰にしてしまえばいくら霊が取り憑いたとて動かせまい。にしてもいい斧だ。ここまで派手に燃えるとは思わんかった。これならこの先何が出ようと……っ、あれ?」


 ダルカンの見ている前で、炎の戦斧の刃に見る間にヒビが拡がり、バキリと音を立てて砕け散ってしまった。


「なぁああ⁉︎ おい、マルコどうなってる!」

「ま、マジックアイテムは魔力を撃ちだすと壊れるものなんです! だいたいは何回か持ち堪えるものですけど、今回は、その……!」

「そ、それを先に言ってくれぇ〜〜〜‼︎」





 動く死体を呑み込んで燃え盛っていた炎は、しばらく燃えた後急速に勢いを失い、最後は部屋の隅に煤をこびりつかせて消えた。

 ウォーレンが灰の中から黒く焦げた兜や胸当てを拾い上げていく。


「本来なら兵士長である私がやらねばならなかったのに、皆に手間をかけさせてしまったな」

「なに、気にするな。それより装備だけでも早く教会に持っていってやろう」


 ハルディンに促され、第二小隊の装備とともにパーティは地上へと戻る。ウォーレン、マルコ、ロンが教会に、あとは一度宿に戻ることになった。

 街の大通り沿いに建つ教会に遺品となる装備を持ち込み、司祭長に第一小隊の遺体と共に埋葬して欲しいと依頼する。事務的な手続きの間、ウォーレンは一人礼拝所の椅子に腰掛けていた。

 天井のステンドグラスから差し込む陽光に、ハルバードを携えた女神サリヤナの像が照らされている。

 『正なる道に立つ銀色の女神』と呼ばれるサリヤナは、ヘイオーンやその近隣の国の都市部で広く信仰されていて、ウォーレンも例に漏れずサリヤナ信者だった。

 

(正しき行いと神への信仰を忘れぬ者には彼女の加護がもたらされるという。しかし何人もの部下を死地に赴かせた私は、正しき道を進んでいると言えるのだろうか?)


 マルコが礼拝所に呼びに来るまで、ウォーレンはずっとその問いを心の中で繰り返していた。








 結局三人が教会を出たのは夕方で、酒場が賑わい始める頃合いだった。地震があろうが街の下に迷宮が生えようが、人は酒場に集まって酒を飲む。そうして不安を紛らわせたり、情報交換に勤しんだりするのだ。ちなみにアンファング《賞金首》の情報を聞き逃さないために、ウォーレンの部下が必ず一人、当番制で酒場に客を装って潜り込んでいる。


 宿に向かうウォーレンたちの耳にも、酒場の喧騒が聞こえてくる。夜の酒場が賑やかなのは当然だが、今日は一段と人が多く、建物の外にまで人だかりができていた。何やら客引きの声が聞こえてくるので、おそらく行商人が来ているのだろうが、それにしても見物人が多い。


「ずいぶんと集まってるねえ。東国由来の珍しいモノでも売りに来たのかしら」

「僕、ちょっと見てきます!」


 珍しいモノ、と聞いて堪らなくなったのか、マルコが人だかりの方に走っていく。そのまま人の壁の中に首を突っ込んだかと思うと、慌ててこちらに駆け戻ってきた。


「め、めめ珍しいなんてモノじゃないですよ! ほら、お二人も早く!」

「こら、押すんじゃないよマルコ!」


 興奮したマルコにぐいぐい背中を押されながら、ウォーレンとロンも酒場の前にたどり着く。人混みをかき分けて中を覗くと、そこには色とりどりの装飾品をズラリと並べた行商人がいた。しかし、本当に周りの人間の目を引いていたのは、その後ろにいるものだ。

 

 行商人の後ろにいたのは整った顔つきの浅黒い肌の青年で、剥き出しの逞しい腕を見せつけるように組んだまま、見物人達を見渡している。

 それだけなら行商人の護衛だろうと思われて終わりだが、その青年の腰から下はやはり隆々とした筋肉を備えた”馬”であった。


人馬ケンタウロスですよ! 初めて見た……本物だぁ、見てくださいよ、あの筋肉でガッチガチの脚……」


 マルコが興奮する気持ちもわかる。ケンタウロスはほとんどが草原を主体に放浪しながら群れで暮らすため、滅多に人里には姿を見せない。ロンもウォーレンも、本物のケンタウロスを見たのは初めてだった。

 

「なるほど、こりゃ人が集まるわけだわ。護衛に荷運びもできる広告塔ってわけね」


 若干広告塔が人目が引きすぎてる気もするが。そう苦笑するロンの視界に、行商人とネックレスの値段を交渉するハルディンの姿が映った。宿で行商人の話を聞いてやってきたのだろう。交渉の結果は、元の値段から二割を引いた値段で成立したらしい。ネックレスの包みをハルディンがほくほく顔で受け取っていた。




 

 深夜になっても寝付けないまま、ウォーレンは伯爵家の庭を一人散歩していた。月明かりが照らす庭を、虫の声を聞きながらぼんやりと歩く。

 付き纏うのは後悔ばかり。小隊の編成がまずかったのではないか、迷宮に入るのに準備が足りなかったのではないか、そもそも自分ではなく他の者が兵を率いていればこんなことにはならなかったのでは──


「おおい、そこのひとー」


 出し抜けに声をかけられて、ウォーレンは飛び上がりそうになった。声のした方を見ると、厩舎の馬房から、夕方酒場の前で見かけた人馬ケンタウロスが顔を出している。

 

「……私のことか?」

「うん、そうそう」


 なぜ人馬ケンタウロスがこんなところに、と不思議に思ったが、よく考えればここはこの街を治めるブルグラフ伯爵の屋敷。街で行商をするなら伯爵家に許可を得る必要もあるだろうし、それが珍しい人馬ケンタウロス連れだとしたら間違いなく伯爵の方から屋敷に招くだろう。それにしても、


「……何故馬房に入っているんだ?」

「わたしがここがいいといったんだ。わらもあるし、話しあいてもいるし」


 それに応えるように、隣の馬房からヴルル、と聞こえてくる。念のためそっちの馬房も覗いてみたが、栗毛の馬が見つめ返してきただけだった。

 

「わたしはアドー。人馬ケンタウロス族の戦士だ。酒場で見たとき、あなたがなんだかつらそうなかおをしていたから、きになっていた」

「……ヘイオーンの兵士長、ウォーレンだ。そんなに顔に出ていたか?」

「うん、すごく」


 教会からの帰りの道すがら、マルコがチラチラとこちらを見ていたのには気付いていた。どうやら自分のことで心配させてしまったらしい。


「この街の地下に迷宮ができたのは知っているか?」

「うん、まちの人におしえてもらった。入ろうと思ったけど、狭そうだったからやめた」


 アドーがゆっくりとした話し方で答える。確かに迷宮の入り口は縦も横も馬が通れるほどは広くない。無理やり通ろうとすれば頭をぶつけるか尻がつっかえるかするだろう。


「その迷宮の調査に来たのが我々だ。だが私が迷宮に送り込んだ部下はほとんどが命を落とした。まだ行方がわからない者もいる」

「それを、後悔してる?」

「……そうだな、後悔している。他にもっといいやり方があったのではないかと考えてばかりだ」

「これから、どうする? もう国にかえる?」

「それはできない。我々はまだあの迷宮でやり残したことがある。このままヘイオーン城に帰れば、ヘイオーンの兵士は臆病者と言われて終わる」


 魔術師アンファングの捕縛と、奴の盗んだ秘宝の奪還。それがウォーレン達に課せられた任務だ。それを成し遂げずに城に帰ることは、ここで死んだ部下達の犠牲を無駄にすることにもなる。

 

「私は前に進まねばならん。ハルディン達冒険者の力を借りてでも。そうでなければ部下達が何のために死んだのかもわからなくなる」


 鬱鬱とした気分の下で、体の芯とでもいうべき部分に火が灯ったようにウォーレンは感じた。今はまだ落ち込む時ではない。やらねばならぬことに突き進む時だ。


「お、ちょっと元気なかおになってきたな」

「そうか……?」


 ひょっとして自分で思っているより顔に出る性質だったのだろうか。知らないうちにどこかでやらかしていないか少し不安になるウォーレンである。


「そうだ、これを」


 アドーが自分の首に掛けていた首飾りを外し、馬房から身を乗り出してウォーレンの首に掛けた。青い紐に綺麗な飾り玉がいくつかと、小指ほどの大きさの木彫りの飾りが通された首飾りだ。


「わたしの一族に、代々つたわるくびかざりだ。勇敢な戦士におくられるもので、もちぬしの身をまもってくれるといわれている」

「大事な物じゃないか。受け取れないよ」

「いや。このくびかざりは、もともと一族いがいのひとにおくるためにあるんだ。人馬ケンタウロス族にとっては、一生の旅のうちに、これをおくるにふさわしいあいてを見つけることが喜びでもある」

「なるほど、しかし私が勇敢な戦士というのは買い被りすぎではないか? ついさっきまでどうしようもなく落ち込んでいた男だぞ」

「木も草も枯れるときはある。でもそのあとに、またあたらしく芽をだして花をさかせる。人間も人馬ケンタウロスも、つらいことでおちこんだりもする。でもそこからまた立ちあがろうとするなら、それは勇敢な人にちがいない。だからわたしはそれをおくるんだ」


 アドーにそう言われると、どうしようもなく照れ臭くなってしまう。これもまたばっちり顔に出ているのだろうと思いながら、ウォーレンは改めて自分の首に掛かった首飾りを見つめた。


「なら、有り難く頂くよ。大事にする」

「うん、もしひもを新しくしたくなったら、うちの親方にいってくれたら、こうかんしてもらえる、とおもう」

「そしてついでに何か買ってくれれば嬉しい、か?」

「そのとおり。まだわたしたちはしばらくこのまちにいるから」

 

 そう言うとアドーはにんまりと笑った。酒場で見た時は行商人の親方とやらを護衛していたのか厳しい顔つきの印象だったが、こういう人懐こい顔もできるのかとウォーレンは感心していた。


「話し相手になってくれて感謝する。おかげでいくらか立ち直れた」

「どういたしまして。あしたも迷宮にいくんだろう、そろそろもどって、ねておいたほうがいい」

「ああ、そうさせてもらうよ、おやすみアドー」

「おやすみ、いいゆめを」


 ウォーレンを見送りながら、アドーは人馬ケンタウロスの部族の言葉で小さくつけ加えた。


『勇敢な戦士よ、貴方の神の加護が有りますように』

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