第四話 六人目

マルコによる解呪が終わり、影を取り払われた斧と盾が机の上に置かれている。


「盾の方は普通の円盾バックラーでした。ただ斧の方は、火の魔力が埋め込まれています。マジックアイテムというやつで、なかなかの値打ちものですよ」

「おお、火ときたか!」


 それまで大人しかったダルカンが大きな声とともに、机に置かれた斧に飛びついた。


「ハルディン、これはおれが貰ってよいか? ちょうど斧だし俺向きだ」

「いいとも、ここで斧を使うのはお前だけだしな」


 ダルカンがほくほく顔で斧を抱えて引き下がる。円盾バックラーはロンが、短剣ダガーはハルディンが予備武器としてもらうことになった。

 さっきまで呪われていたものをよくすぐに自分の装備にできるなとウォーレンは感心して見ていた。特にダルカンの喜びようが飛び抜けていて、ドワーフの短い足で嬉しそうにステップを踏んでいる。


「随分な喜びようだな」

「ダルカンは炎狼教会の信者だからな。火の魔力付きの武器が手に入ったのがよほど嬉しかったんだろう」


 ウォーレンの独り言をハルディンが拾う。

 炎狼教会とは、『火と怒りの神フェンヌ』を信仰する宗派だ。鉱山や鍛治仕事に従事するものが多いドワーフや、力で薙ぎ払うスタイルの戦士たちに信仰されている。なるほど、力に物を言わせるドワーフのダルカンに相応しい宗派である。

 

「そういえばロンも迷宮でフェンヌ神に祈っていたな。ロンも炎狼教会なのか?」

「私が? 違う違う、私は聖杯教会よ。水の神ソロウ様の方」

「でも『灯火』の呪文は……」

「たしかに『灯火』はフェンヌ神の力が要るわね。だから私達聖杯教会の信者ははじめにフェンヌ神に取り次いでもらうように祈るのよ。炎狼教会と他の宗派だと、『灯火』の呪文の聖句が違うのよ。機会があったら聴き比べてみたらいいわ」


 これは初耳だった。ウォーレンはどの宗派も同じ聖句を唱えているものだとばかり思っていたからだ。そもそも炎狼や聖杯教会の僧侶に会うこと自体あまりなかったせいもある。


「しかし……水の神に別の神の助力を頼むとか、あとあと困ったことになったりしないのか?」

「フェンヌ神とソロウ様も仲が悪い同士じゃないんだし、対立してる神の名を出さなきゃ大丈夫よ、例えば──」


 ラース様とか、と続くロンの声は、ハルディンの「やめろダルカン! ここで斧を振り回すな! 部屋が燃える!」という叫びに掻き消された。







 翌朝、ハルディンたち五人は迷宮の入り口に向かってぞろぞろと歩いていた。ウォーレン以外は街の宿をとっているので、東門で合流して出発する。

 ふと目をやると、前方に三人ほどの集団が歩いていた。皆革鎧に剣や短剣で武装している。ウォーレンの部下ではない。別の冒険者だろう。


「……ハルディン、この街に呼ばれた冒険者は君達だけではなかったのか」

「どうやら手当たり次第に掻き集めているようだな、あの伯爵様は。あの三人はまだ駆け出しのようだが、俺たちより腕の立つパーティがいたら、先を越されてしまうかもしれんな」


 冗談ではないぞ、とウォーレンは心の中で毒づいた。

 このまま他の冒険者が魔術師アンファングの首をとってしまうと、ますますヘイオーンの兵士達が何の為にファランドールに来たのかわからなくなる。魔物の駆除をしてくれる分には人数が多い方が有り難いが、アンファングの首と奴が盗んだ秘宝だけは、兵士長の自分が持ち帰らねばならない。

 

「おはようございまーーす‼︎」


 ウォーレンの焦りを吹き飛ばすような元気な声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、昨夜見事な解呪を披露した教会の少年、マルコがニコニコ顔で坂道を駆け降りてくるところだった。


「伯爵様のお屋敷にいったら、もうウォーレン様は出発したと聞きまして、急いで追いかけてきました!」

「マルコ! いったいどうした?」

「僕も迷宮に同行させてください! 昨日の武器や盾は迷宮から取ってきたんですよね? でしたら解呪でお役に立てますよ! 僕もっといろいろああいうのを見てみたいんです、もう司祭長様から許可は頂いてますから!」


 そう一気に言い切ったマルコの目は、穢れなき好奇心に輝いていた。そのままうっかり押し切られそうになって、慌ててウォーレンは首を横に振った。


「だ、ダメだマルコ、迷宮は暗いし魔物もいる。魔物以外にも何があるかわからない。危険なんだよ。とても君を連れて行ける場所じゃない。呪われた武器が見たいなら、また今夜見せてあげるから……」

「いや、待った」


 必死に説得しようとするウォーレンの肩を叩き、ハルディンが割り込んできた。額がくっつくような距離でヒソヒソとマルコに聞こえないように話す。


「ウォーレン、連れて行こう」

「待てハルディン、正気か⁉︎」

「ああ正気だとも。この子は何を言っても納得しないだろうし、むしろ一回引き下がって後からこっそり追いかけてくるタイプと見た。それなら最初から俺たちが手綱を握って目に見えるところにいてもらった方がいい」

 

 ウォーレンの説得で一旦渋々引き下がったマルコが、後からこっそりウォーレン達を追いかけて迷宮に入る。そうなれば待っているのは死でしかない。マルコも『灯火』が使えるかもしれないが、いくら周りを明るくできたとて、陰から襲いかかってくる魔物相手に生き延びれるとは思えない。

 

「……確かに一理ある。だがこれ以上子供を巻き込むわけには……」

「子供?」


 誰のことだとキョトンとしたハルディンに少し腹が立ち、ウォーレンの声が大きくなる。


「ジーマだよ、確かに鍵開けの腕は悪くないが、こんな危険な迷宮を連れ回すのには正直私は反対──

「なんだ、オレのこと心配してくれてたの」


 後ろでジーマが何故かニヤニヤしながらウォーレンの方を見ている。ハルディンが両手を合わせて謝罪のジェスチャーをしながら答えた。


「すまんウォーレン、最初に言っておくのを忘れてた。ああ見えてジーマは三十二歳。俺たちの中じゃ最年長だよ」

「……はい?」

「ジーマはミニマルという種族だ、見た目は子供に見えるがれっきとした大人なんだ」


 話には聞いたことがある。獣人とのハーフとの説や、神の気まぐれで生まれた新種の人間とも言われている一風変わった種族だ。総じて素早しっこく小柄であり、若いままの姿で壮年までを過ごすという。


「いいわよねー、若い姿が長続きするなんて」

「よくねえよ、いつまでもガキ扱いされて大変だぜ」

「四十近くにならんと髭も生えんのだろう? おれなら我慢ならんね」


 呑気にお喋りに興じるノーム、ミニマル、ドワーフの三人を、しばし呆けたまま見つめるウォーレンだった。種族も宗派もバラバラなパーティだ。


「……ハルディン、お前は人間か?」

「心配しなくていい、ちゃんと人間だ」

 

 




 結局マルコの加入はうやむやのうちに可決され、ハルディンのパーティの六人目として迎えられた。

 ただしハルディンの言うことを必ず聞くこと、呪いの解呪も安全な場所にうつってハルディンの許可を得てから、それが聞けないなら教会に送り返すという条件付きである。ジーマと違ってマルコは正真正銘の子供なので当然の処遇だった。それでもマルコは嬉しそうに、今もロンとジーマに挟まれながらパーティの後列を歩いている。


「わあ、すごいなぁ」

「おい、あんまり余所見ばっかりすんなよ」


 ただの薄暗い迷宮にしか見えないが、魔術に長けるマルコの目には様々なものが見えているらしかった。あちこちに目をやるマルコをジーマが急かして前に進ませる。




 いくつめかの小部屋に入った時、パーティの鼻を腐臭が掠めた。ジーマが不快そうなうめきを洩らす。


「あれ、あそこに何かありますよ」


 マルコが部屋の隅を指して声をあげる。ハルディンが『灯火』の火を掴んでマルコの言う辺りに向けると、部屋の隅に転がったいくつかの死体が浮かび上がった。顔の肉はほとんどがこそぎ落とされて判別もつかなかったが、その死体の身につけたものにウォーレンは見覚えがあった。揃いの鉄兜に胸当て、そこに刻まれたヘイオーンの紋章。


「……ここにいたか、第二小隊」


 迷宮ができた直後にウォーレンが送り込んだ小隊だった。ここで力尽きていたのだ。顔や服の下の肉は、魔物に食いちぎられたのだろう。ところどころ骨が見えている。


「君の部下か」

「そうだ、ずっと消息がわからなかった。恥ずかしい話だが、捜索に出す人員にも不自由していてな」


 なんとか見つけてやれた。腐臭も厭わずに、ウォーレンは亡骸のそばに進み出て跪き、彼らに祈りを捧げる。

 

「ウォーレン、退がれ!」


 ハルディンの声と同時に、襟首を掴まれウォーレンの身体が後ろに引きずられる。そして引きずられながらウォーレンは見た。

 第二小隊の亡骸が、小刻みに震えながらゆっくりと起き上がってくる姿を。

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