第三話 解呪

 ジーマが宝箱から取り出したのは真っ黒な短剣らしきものだった。刀身が黒いとかいうものではなく、剣そのものが炭のように真っ黒に塗り固められている。


「なんだこれ、擦っても取れやしねえ」


 ジーマが服の裾で刀身をゴシゴシ擦ってみたものの、表面に変化はなく、ジーマの服にも全く汚れはつかなかった。


「ちょっと見せて」


 ロンがジーマから短剣を受け取り、『灯火』の明かりの下でつついたり匂いを嗅いだりして調べ始めた。

 ロンはノームと呼ばれる種族のようで、長い耳が犬のように顔の横で垂れている。そんな彼女が真面目に短剣の匂いを嗅いだりしているものだから、ウォーレンにはロンが本当に犬のように見えてしまう。思わずくすりと漏らしてしまうと、ロンが凄い勢いで振り返って睨んできた。


「何?」

「や、いや何でもない。それより何かわかったか」

「……コレはたぶん一種の呪術をかけてあるんだと思う。そんなに強い呪いじゃないみたいだけど。それに簡単に解呪できないように、何らかの魔術的な封印もされてる」


 ロンがお手上げのジェスチャーをしながら短剣をジマーに返す。


「なんだよ、僧侶なら解呪はお手のもんだろ?」

「ただ解呪するだけならね。言ったでしょ、上からさらに魔術でも封印もされてるって。あたしにそっちの知識はないの。どうにかしたいなら、解呪もできて魔術にも詳しい人間を探すしかないね」

「そんなやついるのかよ? 僧侶と魔術師の掛け持ちしてるようなやつなんて」

「探してみなきゃいるかどうかなんてわかんないでしょうが!」


「これ以上言いあいしてても時間の無駄だ」と、ハルディンが両者を諌め、探索続行となった。短剣はジーマの背嚢(バックパック)に布で包んで突っ込んである。呪いのかかったものなんて持ち歩いて平気なのかとウォーレンは若干不安だったが、他の四人は平気な顔をしていた。熟練冒険者たるもの、ちょっとやそっとの呪いなど慣れっこらしい。








 その日はハルディンが最初に言った通り、ざっと迷宮の様子を探るだけで終わった。入り口からまっすぐ伸びた通路は、しばらく進むと右に曲がっていた。ウォーレン達は曲がり角の手前で引き返し、入り口に戻りながら通路の脇にあった扉の先を調べた。

 扉は両方とも狭い小部屋に繋がっていて、中に入った瞬間ゴブリン共の歓迎を受けた。もちろんこちらも剣や斧で手厚くお返しをする。

 

「で、結局宝箱を三つ開けたわけだが」


 ブルグラフ家の屋敷の一角、ウォーレンが拠点にしていた部屋で、ハルディンが机の上に戦利品を並べている。小部屋で倒したゴブリンも一つずつ宝箱を残した。その宝箱から取り出したものだった。

 一つは最初にジーマが取り出した短剣。

 一つは平べったい円板状のもの。おそらく盾。

 一つは両刃の斧のようなもの。

 もちろん全部真っ黒に塗りつぶされていた。


「どうするよ、コレ」

「とりあえずこの部屋に保管しておくしかないだろう。城に遣いを出して、誰かそういう方面に詳しい者がいないか聞いてみる」


 ウォーレンがそう答えながら机の引き出しから羊皮紙を取り出す。城に事情を伝える手紙を書かねばならない。どう説明したものか、と手紙の文面を頭の中で組み立てはじめた時、部屋の扉がノックされた。


「ウォーレン様、いらっしゃいますか? 教会のマルコですー」

「ああ、入ってくれ」


 ウォーレンの率いていた探索隊は、死者負傷者まとめて街の教会に世話になっている。教会からは毎日夜に負傷者の様子を報告してもらっており、今日もその報告が来たのだ。


「ウォーレン様、治療の状況報告に来まうわ何ですかこれーーっ⁉︎」


 マルコと名乗った教会からの遣いは、部屋に入るなり机に置かれた黒々とした呪われた武器に飛びついた。ウォーレンが止める間もなく、金髪を肩で切り揃えた教会の少年は、黒い短剣、次いで盾や斧をを手に取りあれこれいじくり回し、その合間にブツブツと独り言が漏れる。


「これは……なるほど、逆転させて……術式は? ふむふむ……ああなるほど……なるほど……ウォーレン様、これ”解いて”しまってもいいやつですか?」

「解いて、って……どうにかできるのか?」

「あ、はい。たぶんー」


 ジーマと同い年くらいだろうか、どう見てもまだ少年の域であるマルコはしかし、自信に満ちた様子で黒い短剣をハルディンたちの前に掲げてみせた。


「まずこの黒いのが何なのかと言いますとー、盲目の呪いですね。本来ならこの呪いのかかった武器を手に持つと、その人の目が見えなくなってしまう呪いなんですけど、これを特殊な術式でひっくり返して武器そのものが見えなくなるようにしちゃってるんですねー」


 マルコ教授による特別授業が始まった。いきなりの授業開催にも関わらず、ロンやジーマもマルコの手元をじっと見つめている。


「で、その術式を解いていくんですけど、これ魔力がめちゃくちゃに絡まった髪の毛みたいなことになってるので、ゆっくり注意深く解いていきますー」


 マルコが短剣の表面を撫でるように指を走らせる。途中何かを摘んで引っ張るような動きを何度となく繰り返していく。のんびりした口調と裏腹に、その目は恐ろしく真剣だった。


「……絡まっている魔力を解したら、あとは普通に解呪するだけですねー。はい、このとおり!」


 短剣の表面を覆っていた黒い影が、マルコの声と共に、乾いた塗料が剥がれるようにこぼれ落ちて消えた。ハルディン達もウォーレンも、思わずうおおお、と声をあげる。


「すげえ! 中身が出てきた!」

「これで呪いが解けたんだな?」


 マルコから短剣を受け取ると、嬉々としてジーマからダルカン、ロンへと次々に渡されていく。一周回ってウォーレンからマルコに戻ってきたときには、最初の感動は若干薄れ気味になっていた。


「……何の変哲もない短剣ダガーだったな」

「うん……」

「だな……」


 


マルコは引き続き残りの斧と盾の解呪に取り掛かる。その作業をジーマが見守りつつロンに言った。


「やり方が分かったんだからさ、ロンも一緒にやれば早いんじゃね?」

「そうはいかないわよ、私には今あの子が解いてる絡まった魔力ってのが全く見えないもの。やれるとしたら最後の解呪くらいかしらね」

「……マジかよ」

「僧侶と魔術師はどちらも神々に祈るけど、根本的に違うのは、魔術師は魔力をもらうだけ、借りた後の魔力をどうするかは本人次第なのよ」


 二時間目はロン先生の講義である。ウォーレンもこっそり聴く体制に入る。


「ものすごく雑に言えば、僧侶は『これこれこういう事をやってください』と頼む、魔術師は『これだけの魔力をください、あとは自分でやります』なの。だから魔術師はそういう魔力を扱うセンスがないとやっていけないのよ」

「なるほどなあ。飯作って盛り付けまでやってもらうのか、材料だけもらって自炊するかの違いか」

「そういうこと。どっちもちゃんと材料費として自分の精神力を支払うけど、その後が全く違うのよ」


 そういうことか、とウォーレンも心の中で納得していた。今までどうにも僧侶と魔術師の違いがうまく口で説明できなかったのだ。これからは誰かに聞かれてもロン先生の受け売りで説明できるだろう。

 

 そしてマルコの解呪作業が終わり、斧と盾がその姿をハルディン達の前に現した。

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