第二話 攻略開始

「待たせたな、準備はしてきた」


 危険だからやめてくれと言う部下を宥めて仕事の引き継ぎをし、長剣と盾に鉄の鎧で武装したウォーレンが迷宮前に戻ってきたときにはもう昼の鐘が教会から聞こえてくる頃だった。


「おっせーよ」

 

 開口一番、少年が悪態をついてくる。


「こんな時間からじゃ今日はそんなに奥まで行けないぜ」

「どのみち今回は新しいメンバーもいる。今日はざっとした下見とお互いの戦力の確認だけだ」


 ぶつくさ不満を垂れる少年を、黒髪の剣士が宥める。どうやら彼がリーダー格らしい。


「それではウォーレン殿……いや、ウォーレン兵士長? の方がいいですかね?」

「いや、呼び捨てで結構。私は君の下について迷宮に入るのだ。敬語もいらない」

「そう……か。じゃあ遠慮なく」


 黒髪の剣士は一つ咳払いをしてから、敬語を取っ払って自分と仲間の紹介を始めた。


「俺がリーダーのハルディン。ヒゲが立派なのがドワーフの戦士、ダルカン。彼女は僧侶のロン。それと……」

「ジーマ。斥候だ」


 ハルディンの紹介を先回りして少年が名乗った。ジーマはもう待ちきれない様子でソワソワしている。


「改めて、ヘイオーン城兵士長ウォーレンだ。君達の実力を確かめるべく、迷宮に同行させてもらう」

「ふん! 特別扱いはせんぞ」


 鼻を鳴らしてドワーフのダルカンが笑う。武骨な片手斧を振り回しながら、迷宮の中に入っていった。ジーマとハルディンもそれを追う。


「どういう意味だ」

「自分の身は自分で守れってことよ」


 ウォーレンの背中を軽く叩いて、僧侶ロンも怖気ることもなく入り口を潜る。ウォーレンも鎧と剣をざっと見直して、四人のあとを追った。






 ウォーレン自身が迷宮に入るのはこれが初めてだった。部下からの報告で暗い暗いとは聞いていたが、外から陽光が入ってきているにも関わらず、十歩も行かぬうちに真っ暗闇だとは思ってもみなかった。


「うむ。多少暗いがいい狭さだ。心が落ち着く」


 ダルカンがヒゲの下でニヤリと笑う。ドワーフは元々鉱山のそばに広く見られる種族だ。彼も元々鉱山で働いていたのかもしれない。


「よし、隊列組むぞ。ダルカンが真ん中、俺とウォーレンがその左右。ロンは後ろ。ジーマはいつも通り殿しんがり頼むぞ」


 ハルディンの指示で四人はテキパキと配置につく。道の幅は横に六、七人ほど並べる程度。それぞれが武器を持って振り回したりすることを考えれば、一列三人が限度だろう。


「灯りはあるのだろうな?」

「もちろん。ちょっと待ってな」


 そう言うと、ロンは小声で呪文の詠唱を始めた。ウォーレンにはほとんどの言葉が聞き取れなかったが、なんとか『フェンヌ』という言葉だけは聞き取れた。火を司る神の名だ。


「『灯火』!」


 ロンの手に、拳大の炎が現れた。松明の火よりも明るいその炎は、ロンが放り上げると宙に浮き、ウォーレンの頭の上辺りでふわふわと浮かんでいる。それでいて、全く熱は感じないのだ。僧侶の初級呪文、『灯火』である。


「これでそこそこ見えるようにはなったでしょ」

「『灯火』か、実際に見るのは初めてだが、結構明るいのだな」

「明るさも松明以上、さらに松明と違って片手が塞がらない。こういうところに潜る冒険者ならまず必須の呪文さね」


 完全に闇をはらえたわけではないが、少なくとも手元を見るには不自由しないし、見通しもぐっと良くなり、前方の床の様子も見えるようになった。何より、こちらに忍び寄って飛びかかるところだった四匹の緑色の肌の小人──ゴブリンの姿も。


「さっそくお出ましか!!」


 ダルカンの振るう斧が、一匹の頭を叩き割る。続けてハルディンとウォーレンの剣がさらに一匹ずつ仕留め、横から回り込もうとした最後の一匹はロンの戦棍で殴り飛ばされ、ジーマのダガーでトドメを刺された。


「これで全部か」

「そのようだ」


 ハルディンとウォーレンが周囲を確認し、剣を鞘に収めた。初戦は危なげなく勝利である。これは『灯火』でゴブリンの接近に気付けたことが大きい。松明しか持っていなかった小隊の兵士たちは、魔物の接近に気づかず奇襲を許したのだ。地上で戦うなら、ゴブリンごときに遅れをとることはない兵士だが、暗闇の中で襲われてはどうしようもなかったのだろう。


「おい、見ろ!」


 声をあげるダルカンの目の前で、頭を割られたゴブリンの死体がゆっくりと溶け落ちていった。残りの三匹も同様に、身につけていたボロ布を残して迷宮の地面に吸い込まれるように消えていく。


「……どうなっているんだ、ハルディン、こんなことは他の遺跡や洞窟でも起こるものなのか」

「いや、俺が今まで潜ったところでも、死体が勝手に消えるなんてなかった。この迷宮が作られた経緯といい、本当にわけのわからない場所としか言いようがないな」


 後ろを見れば、まだ外からの光が見える。入り口から十歩ほどしか離れていないのに、外とここでは物事の法則が違っていることに、ウォーレンは寒気を覚えた。自分たちが死んでも、ここの床に吸われてしまうのだろうか?


「わけわからんついでにこっちも見てくれよ」


 そう声を上げたジーマの足元には、さっきまでなかったはずのチェストがあった。


「ジーマ、その箱は?」

「ゴブリンが溶けた場所に出てきた。ハルディン、開けてみていいか?」

「任せる。油断するなよ」


 『灯火』の火をジーマが自分の近くに引っ張ってきて、箱を調べ始める。


「やっぱり鍵はかかってんな。あとご丁寧に仕掛け罠もだ。外すからちょっと待っててくれ」


 懐から針金やらなんやらが入った箱を取り出して、斥候ジーマはそれを箱の鍵穴に突っ込んだり蓋の隙間に差し込んだりしはじめた。ハルディンたちはじっとその作業を見守っている。鍵開けや罠仕掛けなどを対処するのがジーマの役目なのだろう。

 間もなく「カチリ」と音がして、蓋がゆっくりと開いた。中を覗き込んだジーマが


「なんだこりゃ?」


 と言いながら、中に入っていたものを取り出して『灯火』の光に向けて掲げた。

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