迷宮都市ファランドール

しめさばさん

迷宮都市ファランドール

#1 最初の冒険者

第一話 兵士長ウォーレン

「状況を報告してくれ」


 小雨の降る春の夜だった。兵士長ウォーレンは、領主の館の一室で机を挟んで部下と向かい合っていた。両方とも沈鬱な表情だ。景気が良さそうなのは、さっきから屋敷の屋根を叩いている雨の音だけである。


「……第一小隊は魔物の群れに襲われ半数が死亡、残りも負傷しています。第二、第三小隊はまだ帰還せず、第四小隊は正体不明の魔物の毒で全員が行動不能。現在教会の方で治療を受けています。第二、第三小隊の捜索に出た第五小隊も、昨日から変わらず消息不明です」

「……つまり、今まともに動けるのは誰もいないと」

 

 部下の前にも関わらず、ウォーレンの口からついため息が漏れた。


「……今は治療に専念しろ。おって指示を出すまで待機。第二、第三小隊が帰還したら連絡をくれ」

「はッ!」


 部下が退室した後、ウォーレンはまた一つ、深いため息をついた。しかしどれだけ息を吐き出しても、胸中の無力感は出て行ってくれる様子はない。


(我々の手には負えぬのか。あの『迷宮』は……)

 






 事の起こりは三日前。ヘイオーン城の宝物庫から、ある秘宝が盗まれた。犯人の名は、アンファング。ヘイオーン城に十年以上にわたって仕えてきた優秀な魔術師だった。

 臣下の裏切りにもちろん国王は激怒。アンファングの捕縛をウォーレンに命じた。馬で南に逃げるアンファングをこちらも兵士を率いて馬で追い、このファランドールの街で追いついたまではよかった。しかし、そこから先は、ウォーレン達には全く想像もつかないような出来事だった。


 兵士たちが街に着いた直後、地震がファランドールの街を襲った。揺れ自体はそこまで激しくなかったものの、縦に揺れたかと思えば横に揺れ、まるで何かが地中を引っ掻き回しているかのような不気味な揺れだった。

 揺れが収まった後、兵の半分を街の被害状況確認のために残し、アンファングの姿を探していたウォーレン達が見たものは、ファランドールの街を頂く丘の横っ腹にぽっかりと開いた穴だった。街の人間に聞いても、さっきまでこんな穴はなかったという。

 ならば、この穴は今の地震でできたのだ。そしてその地震に、おそらくアンファングも関わっている。そう考えたウォーレンは、領主の館の一角を間借りして兵士たちを再編成し、いくつかの部隊に分けて不気味な穴の中に送り込んだ。

 だが、その結果は小隊三つが遭難、残りの二隊も死者と負傷者だらけという目も当てられない結果となった。穴の中は入り組んだ迷路であり、さらにどこから現れたのか、そこかしこを魔物が這いまわる魔窟となっていたのだ。







 翌朝。教会で治療を受けている部隊を見舞ったあと、ウォーレンは街の東門を抜けて迷宮に向かっていた。入り口にいる見張りの兵から報告を聞くためだ。

 東門から続くなだらかな道は、丘を下る途中で二つにわかれ、片方はそのまま東に伸びて港町に繋がる。もう片方は緩やかに曲がりながら西に向かって伸びている。その道の途中に迷宮の入り口はあった。


「ん?」


 迷宮の前が何やら騒がしい。見れば入り口の前で見張りの兵らが数人の集団と揉めていた。鎧を着た男やローブ姿の女性も見える。


「どうした。何の騒ぎだ?」


 ウォーレンが声をあげると、兵士と揉めていた集団が一斉に振り向いた。

 一人は鉄の鎧に長剣で武装した黒髪の男。

 一人は使い込まれた板金鎧を着込んだ、背は低いが屈強なヒゲモジャの男。

 一人は木綿のローブに腰に戦棍を吊った女性。

 そして、


「あんたがこの兵隊さんらの上司か?」


 三人の陰に隠れて見えなかったが、四人目、金髪の少年が黒髪とヒゲモジャの間から顔を出して叫んだ。「早く中に入らせてくれよ。せっかく来たのになんで入り口で止められなきゃいけねーんだ」


「どういうことだ?」


 ウォーレンが近くにいた兵士に尋ねる。しかし兵士の答えも要領を得ない。


「何でも、伯爵に呼ばれて来たと言うんですが……」

「ブルグラフ伯に?」


 ブルグラフ家は、代々このファランドールの街を治めている領主の家だ。ウォーレン達もそのブルグラフ家の屋敷の一角に拠点を置かせてもらっている。


「ヘイオーンの城から宝物を盗んだ魔術師が中に潜んでいると聞きました。我々はその魔術師の捕獲または討伐と、内部の魔物の駆除を依頼されたんです」


 黒髪の男が落ち着いた声で答える。

 それを聞いてウォーレンは目眩を覚えた。


「アンファングのことまで知っているのか……?」

「ああ、そういやそんな名前の魔術師だったかな。ここの伯爵がそいつの首に賞金かけたらしい。なんでも金貨で百枚だと!」


 ウォーレンは卒倒しそうになった。城内の人間が盗みを犯し、それを兵士がまんまと取り逃したことを、ブルグラフ伯爵はどこの馬の骨ともわからぬ彼等に全て話したのだ。


「ああ、ここにいたか!」


 その声に振り返ると、赤いダブレットの男が、供回りと一緒に坂を降りてくるところだった。現ファランドール領主、ベルナス•ブルグラフ伯爵。


「探したぞウォーレン。お前に伝えることがあったんだが、もう顔を合わせた後みたいだな」

「閣下、彼らは……一体どういうおつもりです!」


 不敬と思いつつも、ウォーレンは伯爵に詰め寄る。「しかもアンファングに賞金ですと? 何を考えておられるのです!」


 噛み付かんばかりのウォーレンを宥めながら、ブルグラフ伯爵は落ち着き払って答える。


「賞金は私の懐から出す。国王陛下に迷惑はかけんと約束しよう」

「賞金だけの話ではありません!」

「あの者らのことか。私の独断で申し訳ないが、このたびの迷宮の攻略を冒険者にも頼もうと思ってな。何せ魔物と戦うのも、暗い穴蔵に潜るのも得意な連中だ。いままで地面の下に縁のなかった兵士より役に立つと思わんか」


 たしかに城の兵士たちは地上での戦いしか経験していない。故に暗く狭い迷宮で散々な目に遭っているのだ。


「ここは私の街だ。こんなわけのわからん迷宮とやらは、早々にどうにかしてしまいたい。お前の兵が動けないとなれば、この際冒険者だろうが鉱夫だろうがなんだって使うつもりだ。わかってくれウォーレン」

「……そこまで言われるのであれば」


 ウォーレンは渋々折れた。実際彼の兵で動けるものはほとんどいない。

 しかし、ただ冒険者たちをはいそうですかと迷宮に行かせる気はなかった。


「ですが閣下、私はまだ彼らを信用したわけではありません。この迷宮の攻略を任せられるのかどうか、私のこの目で判断させていただきたい」


 ウォーレンは伯爵の目を真正面から見据えると、きっぱりと言い放った。


「私も彼らと共に迷宮に潜ります」

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