行きたいけど行きたくない時ってなくない? どこにとは言わないけど

かめさん

行きたいけど行きたくない時ってなくない? どこにとは言わないけど

「あートイレ行きたいけど行きたくない。こっから動きたくない。誰か代わりに行ってくれないかなあ」


 クソだるい授業を受けた後に訪れるたった10分の休み時間。タダでさえ体がおもくなっているのに、もう3分位しか残って無いし、今から席を立って、うだるような暑い廊下に出てって、汗を吸ってベトベトになった服を脱いでってやるのがとにかく面倒くさい。


 それに前の席に座っている前髪のあざとい友がこっちを向いて話しているというのに席を立つとか嫌じゃん。中には「トイレ行ってくる」って誰かが言うと「私も行く!」って返す人もいるらしいけど、連れ立っていく趣味はないんだよ、あたしには。


「だったら、代行アプリ使えば良いじゃん」


 は? 


「何それ、ウケル」


「だから、トイレ代行アプリ『スッキリなんデスけど☆』だってば。知らんとかまじ無いわ」


「え、名前ダサくない?」


「それは否めん。ほれ、行きたくなったらボタン押すだけ。スタミナ溜まらんと駄目だけど。あ、使えんかった」


 そう言って友はアプリを見せてくれた。ボタンとグラフとスタミナと広告がある至ってシンプルな画面。スタミナ1時間に1しか溜まらない上に3無いとボタン押せない仕様になっているらしい。3時間に1回か。私ならそれ位耐えられそうだけど。


「トイレ近い人キツくない?」


「諦めてトイレ行けってことでしょ。ほら頼りすぎると依存するとかなんとかいうやつ。こういうアプリ結構キテるから見てみ」


「おっけー。てか他にもあんの?」


「あるよー。お風呂の『サッパリしちゃったけど♡』とか、テスト代行アプリ『バッチリなんやけど!』とか」


「風呂はともかく、テスト代行ってただの替え玉じゃん。アリなのそれ」


「小テストとかに使うらしいよ。学力も自分に合わせてくれるんだって」


「それ、替え玉の意義半分くらい失ってない?」


「だって、いきなり点数上がったら怪しまれるじゃん」


 まあそう言われたら仕方ないような気がしてくる。けどあり得んような点取りたくてするんじゃないの? 替え玉受験って。


「ほら、点数はどうでもいいから受けること自体がだるいときあるじゃん」


「それはある」


 そんなこと話しているうちにチャイムが鳴る。先生が入ってきて流石の友もくるりと私に背中を向けた。


 睡眠導入剤にぴったりの話を暫く聞かされる。先生の話って夜寝る前に聞きたいよね。スッと寝られそう。こんな真っ昼間じゃなくてさ。


 暫くしてグループの話し合いが始まった。どうせ賢い出しゃばりな人が話を進めてくれるはずだからと適当に相づちを打つ。はいはい、良いと思います。私も同じ意見です。


 仲の良い子とか、面白い人が一人いればもうちょっとやる気出るんだけどな。ほら、大体教科書とかネットで調べれば分かるような意見しか出ないじゃん。先生は建前上「自分達の意見」を望んでいたとしても。


 あー。話し合い代行アプリとかないかな。探してみればあるかもしんない。だって、アプリでトイレ代わりにしてくれるんだよ。話し合いなら余裕でしょ。そもそもボタンを押せばトイレ行かずに済むって、どういう仕組みなの? 意味分かんないんですけど。体にチップが埋め込まれているような時代じゃないよまだ。


 確かにアプリとかネットは色々便利だ。代わりに計算をしてくれる所から始まって、色々手続きをしてくれたり、電気やエアコン、炊飯器のスイッチをつけておいてくれたり。お金払ってくれたり。いや、あたし情報弱者、というか機械弱者? だからこれくらいしか知らないけど。


 でもさ、トイレだよ、お風呂だよ。自分の体のことじゃん。薬飲んだとかタオルで拭いたとかなら辛うじて分るけどアプリだよ。スマホのアプリ。グー○ルとかアッ○ストアとかでダウンロードするアレのことだよね。やっぱりフツーにおかしくない?


 先生が忘れ物を取りに行ってくるという。そういうのを代わりにするアプリもあるのかな? グループの人が雑談を始めた隙にスマホを取り出す。で、「代行アプリ」と検索する。


 うわっ。結構出てきた。レビューも3桁とか4桁とかついているのあるし。トイレとお風呂の次に出てきたのは、歯磨き代行アプリ『ツルツルっすよ△これ』。あー歯磨きって面倒くさいよね。特に部活や塾の後疲れた日とか、バタバタしている朝とか。


 他にもどうやって代行するのか不明なアプリが次々と出てくる。


 化粧落とし代行アプリ、テスト代行アプリ、睡眠代行アプリ、病気代行アプリ、怪我代行アプリ、バリウム飲む代行アプリ、PCR検査代行アプリ、忘れ物取りに行く代行アプリ、ミーティング代行アプリ、ホウ・レン・ソウ代行アプリ、手を挙げて発言する代行アプリ、先輩を立てる代行アプリ、褒める代行アプリ、叱る代行アプリ、謝る代行アプリ、落ち込む代行アプリ、愚痴を聞く代行アプリ、ゲームログイン代行アプリ、動画視聴代行アプリ、借りたけど読まないまま返却期限が迫ってきた本を読む代行アプリ、傘を差す代行アプリ、日焼け止めクリーム塗る代行アプリ、服を着る代行アプリ、食事代行アプリ、おむつ替え代行アプリ、PTAの登下校見守り当番代行アプリ、休みの日に大して仲良くない知り合いに会って気まずいときの挨拶代行アプリ、代行アプリの使用代行アプリ――。



 アプリアプリアプリ…………アプリでゲシュタルト崩壊していく画面。こいつら一体アプリをなんだと思っているんじゃああああああああああああああああああああ。



   ***



 ジリリリリ、ジリリリリ


 ああ、ウルサいなあ。腕だけを必死で伸ばして止めにかかる。あれ、どこだっけ? 枕元にあるはずなのにないんですけど、目覚まし時計。


 ジリリリリ、ジリリリリ

 

 だからウルサイっての。起きなきゃいけないのは分かってるんだってば。こいつが起こすために存在していることも。でもね、眠いのよ。だるいんだよ。体動かねえって、寝かせてくれよ。あと五分、五分だけ。次鳴るときはちゃんと起きるからさ。


 指先が硬いのに触れる。あったあった。そいつをひっつかんでボタンを叩くように押す。ふう、やっと静かになった。これで五分は安泰。


 と思ったのもつかの間、強烈な尿意を覚える。布団から出たくない、けどトイレ行きたい。トイレに行けば必然的に起きることになるから行った方が良いんだろうけどまだ寝たい。ぬくぬくの布団にくるまっていたい。


 でもこのまま寝たら夢の中でトイレに行く羽目になる。それでもスッキリしない軽い地獄が待っているんだ。


 ああ、代わりにトイレ行ってくれないかなあ。もうサプリでもアプリでも何でも良いからさ。

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