澄、氏治に歴史を変えることを誓う
「引いてはなりません!」
あたしは陣についた途端、迷いを断ち切るように思い切り言い放った。
本陣にいた氏治さまの馬廻衆、そして当然氏治さまも信じられないような表情であたしを見つめている。
本来なら小田城で床に臥せっているはずのあたしが、戦用の藤の花の羽織姿で采配を持っているんだから信じられないはずだ。
「絶対に、引いてはなりません!! ここが正念場です!」
動揺する氏治さまなんて構わず、あたしは伝令の兵たちを見渡して再び言い放った。
「お、遅かったな、澄。もう、刻限の三日目ぞ。昨夜は夜襲もあり、危なかったのだぞ。政貞が来なかったら、死んでおったやも知れぬところじゃった」
「よく、夜襲を受けたのに引きませんでしたね。さすが「不死鳥」と呼ばれる名将氏治さまです」
氏治さま言葉で、この戦の不安要素の一つが無くなったことを知る事が出来た。
夜襲があった中で、菅谷さまが氏治さまを守ってくれたんだ。
じゃあ、もう小田家の中に菅谷家を疑う人はほとんどいない。
小田家の団結は、以前にも増して強くなってるはず。
一見、押されながらも、戦線が崩れ切っていないのがその証拠。
それに、小田の本体の数もさほど減ってはいない。
恐らく、菅谷隊が夜襲を看破していたか、すぐに駆け付けたってことだ。
「さぁ、ここから、勝ちますよ!信じてください! 兵の力を、あなたを思うみんなの力を!あたしの策を!」
「こ、ここからじゃと?」
「ええ、ここからです。これまであたしがいない中、よく耐えしのんでくれました!」
引いてしまえば小田城を攻めている軍との挟撃に合うだけではなく、城を守っている信太様たちにこの目の前の敵兵を押し付けることになる。
それにこの戦の目的は、勝つことじゃない。
耐える事、なんだから。
しかし、敵兵たちは勢いがあり、抑えきるには諸将の必死の奮戦が必須。
判断を誤れば損害も甚大で、このままじゃ小田家存亡にかかわる負け戦だ。
ここから逆転の勝ち戦に導くあたしの用意している最後の一手は、この戦国の世には合わない一手かもしれない。
――でも、あたしが信じるって決めた策は、みんなを信じるっていう策なんだ!
あたしは、自分を奮い立たせるように采配を振った。
「今こそあたしに見せてください!!攻め時です!常陸の不死鳥を不死鳥たらしめる、関東随一の家臣団の力!」
あたしの全力の伝令は、早馬たちによって各陣に伝えられた。
* * *
「ようやく、力を出せという将が出られましたな」
「殿が不死鳥か……なるほど、面白い! 大敗の中から立ち上がる様は、まさにその通りよ!」
「退き戦が多かったですからな。ようやく思い切り戦えるというもの」
「遠慮はいらぬということか!」
「我らを武勇、雫様に、殿に改めて知らしめる時!」
「守るだけでは耐えられぬ!耐えるために、今こそかかれええええっ!」
澄が戦場に来たことと、伝令でそれぞれの将兵たちは覚悟を決め、槍に力が戻り再び敵兵を押し返し始める。
防御陣地から解き放たれた各隊が、一気に攻めかかる。
恐らくだけど分からないなりに柵を中心とした戦いを徹底しただけにあって、敵兵より攻め疲れがないはずだ。
それに、攻められないフラストレーションの発散も重なったのかもしれない。
あれだけ敵の軍勢に押されていた兵たちが、今や形勢を五分、場所によっては押し返すまでの槍働きを見せる。
「氏治さま、ごめんなさい。あなたの大切な民を傷つけて、ごめんなさい」
「澄……お主」
あたしは氏治さまの隣で采配を握りながら、歯を食いしばっていた。
身体は震え、汗はびっしょりだ。
今もたくさんの将兵が、あたしの策を信じ必死に槍を振るい、倒れている。
命を失っている兵も、今の間際にもいるかもしれない。
氏治さまが、大切にしてきた民の命がたくさん傷つき、失われているのはあたしにだって分かってる。
それは、氏治さまにとっては耐えることも難しい、身を切り裂かれるくらいの痛みかもしれない。
「でも、あたしは何を失ってでも、小田家を守って見せます。絶対に!」
「澄、それでいいのか? 此度の戦とて、勝てるとは限らんぞ」
何かを失うことは、確かに悲しい。
でも、それでも今は戦わなきゃあたしの、氏治さまの大切な小田家を守れない。
氏治さまの大切な小田領の民たちを、守ることはできない。
これからも大切な小田家と民を守るために、今後はもっと大きないろいろなものを失ってでも戦わなきゃいけない戦が待っているはずだ。
あたしは、迷いを振り切るように采配を握る。
「だったら、此度の戦、必ずあたしが勝ちに導いてみせましょう」
氏治さまは、戦うことへの自信がない。
なら、それを助けるのはあたしの役割。
あたしの持ち得るものを全て使って、戦に外交に、どんな敵とだって小田家のために戦って見せる。
あたしが小田家に恩返しをするっていうのは、そういうことのはずだ
その覚悟を、小田家客将雫澄として、氏治さまを一生支えると決めた一人の人間としての想いを氏治さまに真っすぐに告げた。
「この雫澄の計略智眼が見通す策で、この戦を小田家の滅亡からの大逆転の始まりにしてみせます!」
あたしは、采配を思いっきり振った。
「さぁ!行きますよ、氏治さま! 歴史を、共に変えましょう!」
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