不死鳥小田氏治、覚悟を決める

 結城多賀谷他連合軍がしかけた夜襲は、その数2000。


 小田家本体の半分以下とはいえ、夜襲としてはかなりの量。


 楽勝の気配がかすかに漂っていた小田家本体は、この夜襲に対応できるはずもなかった。


 次々と兵が撃ちとられ、氏治の馬廻衆も剣を振るうまでになっていた。


 しかも、敵が狙ったのは月明かりがうす暗い深夜。


 周りに援軍を呼ぼうとも、難しい状態にあったのだ。


「ええい!敵はどこのものじゃ!」


「分かりませぬ!この闇では、確認もとれませぬ!」


「まさか、菅谷の者では!?」


 馬廻衆すら混乱し、辺りでは悲鳴、助けを求める声、叫び声が響き渡る。


 本陣や氏治のみに刃が振る注ぐのも、時間の問題であった。


 ――ど、どうする。わしは、どうすれば……澄。


 氏治は、悩みの中で澄に答えを求めた。


 だが、答えを返すはずの、澄は今はいない。


 現実を飲み込めた時、氏治の中に消えていたはずの何かが燃え上がってきた。


 ――こんな時まで澄を頼るか、氏治。澄は毒と戦いながら小田城にいて、わしの勝利を待ってくれているはずだ。ここで耐えずして、何が名族の当主よ!


「引いてはならぬぞ! 馬廻衆誰!相手に容赦するな!わしも出るぞ!」


「と、殿!?」


「澄は、わしの勝利を信じてくれた。なのに、夜襲に尻尾を巻いて、小田に逃げるなどできぬ!」


 その時であった、本陣の陣幕が倒れて騎兵が一人氏治に切りかかってきた。


 咄嗟の事であったが、そばに当た槍を掴み、その首を氏治は跳ね飛ばした。


「小田讃岐守氏治!簡単にはやらせんぞ!相手なるぞ!」


 氏治は軽装のまま、声を上げると目の前の敵に向かあう。


 敵兵が声を聞き襲い掛かるが、氏治、そして馬廻衆の奮闘もあり崩れるまでにはいかない。


 氏治は槍が折れればそれを投げつけ、倒れた兵の槍を振るい奮戦を続けた。


 そこに後の世に最弱の戦国武将という面影はなく、一騎当千の将と思えるくらいの戦いぶりだった。


 襲い掛かる兵たちを次々と振り払い、地面に倒れさせていく。


「ちいっ!」


 だが、多勢に無勢。


 勢いに乗る敵兵の勢いを止めることはできず、じわじわと追い詰められていく。


 氏治を含め本陣を守る馬廻衆も、守ることですら精一杯になってきた。


「と、殿!我らが盾になります故!お逃げを!」


「くっ……しかし!」


「顔から血を流して強がっても仕方ありますまい!」


 馬廻の一人が言うように、氏治も奮戦で無傷とはいえず傷を身体に負っていた。


 今が逃げ出すのと耐えるのの、境目とも言えた。


「周りの者も動けぬか」


 救援は当然氏治も放ってはいたが、時間は深夜。


 どの将も、準備に手間取り本陣の救援に間に合ってないようだった。


「どうか、お逃げを!我らが敵を惹きつけます!」


 馬廻衆が、覚悟を決めて突撃をかけようとした刹那、突然敵兵が動揺し始めた。


 そして響き渡ったのは、悲鳴のようなこんな声だった。


「ひいいいっ!菅谷隊だと!?」


「菅谷隊!? な、何があったのじゃ?」


 それは氏治や本陣で覚悟を決めていた馬廻衆も、同様であった。


 菅谷隊は、敵兵だと氏治たちも疑っていたほどの相手。


 救援の隊などと言われても、すぐには信じられるものではなかった。


 たが、敵兵たちは一目散に逃げ始める。


「殿、菅谷左衛門大夫政貞。助太刀に参りましたぞ」


「ま、政貞……ど、どうして」


 敵兵を蹴散らし、氏治の前に現れたのは誰でもない菅谷政貞であった。


「父が、奇襲にはいい夜だと申しておりましたからな。間に合って、よかったです」


 政貞は父の言葉を聞き、すぐさま陣に伝令を出し、戦支度を整え、本陣へと向かっていたのだった。


 その途中、本陣が襲われてている方を聞き全速力で本陣へと走ってきたのだった。


「お主、わしがどう思っていたか……」


「知っておりますが、それとこれとは関係ないことです」


 何か言いたげな氏治を、政貞はそんな言葉で一蹴した。


 それは、菅谷政貞という将の矜持のようなものを感じさせるくらいの強いものだった。


「疑いを晴らすには言葉ではなく、武功でと思っておりますので」


 そうして、敵に向き直り敵に飛び込みながら氏治にこう言ったのだった。


「殿は休んで下され。慣れない槍を振るい疲れたでしょう。ですが、澄殿が聞いたらお喜びになるでしょうな」


「ぬかせ!わしとてお主に助けられて、のうのうと休んでおれぬわ!」


 こうして菅谷隊の助力もあり、氏治と小田家本体は何とか夜襲を退けたのであった。


 それからしばらく後。


 夜襲の方を知った諸将は、慌てて氏治の本陣に駆け付けた。


「大殿!この度は面目至極に御座います!」


「夜襲を看破できぬとは……」


「大事な時に駆け付けられるのとは、恥ずかしさの限りです」


 それぞれが必死に駆けつけたものの、その時には氏治本体と菅谷隊が夜襲を退けた後だった。

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