澄、出陣す
「跡継ぎ問題の発覚、牛久の怪しい人の動き、あたしの暗殺未遂、佐竹の出兵、結城らから仕掛けられた戦、時期が全て合いすぎているんです」
行芽ちゃんから最初に怪しい人物たちの話を聞いた時点で、奇襲がある事は想定していた。
跡継ぎ問題が続いていた時点で、家中を疑心暗鬼の陥れる策があるとすれば有力武将の裏切りの疑惑。
小田家では後継ぎ問題で起こったのが、小田家筆頭とも言える貞政さまに濡れ衣を着せるような葉月ちゃんの暗殺未遂事件。
結束の高い小田家家中に、疑心暗鬼が一気に巻き起こった中での今回の戦。
「逆に言えば、小田城を攻められる時期は今の時期が高いということです」
この中で岡見様が裏切って、小田城を攻めたかもしれない。
もしこの奇襲が成功して、小田城が落ちた。
そうなれば、今戦に出ている小田家本体は正面の敵ばかりに構っていられなくて敗戦は必須。
下手すれば、戦で多くの将兵が死に、本城小田城は落ちて滅亡だ。
だが全てが、完璧すぎるタイミングだったんだ。
「奇襲が成功すれば別でしたが、行芽からの情報があたしの疑念を確信に変えてしまいました」
それでも具体的にはいつとはわからなかったけど、行芽が完璧な情報を手に入れてくれたことで奇襲は看破されたわけだ。
「なるほど、奇襲は奇襲であるから強い。こちらが待ち受けていれば、慌てることもなく対処できると」
「そういうことです。小田城の兵糧、武器は十分ですし改修で守りは固い。それに――」
「それに?」
「小田城代は、あなたです。信太さま」
あたしははっきりと、信太さまの目を見た。
「小田家随一の将を、あたしが無理を言って小田家城に残した意味は無駄ではなかったってことです」
「なるほど!我らを城に残したのは、後詰ではなくこの奇襲を看破していたからなのですか!」
「そういうことです。敵の動きが確信に変わるまでお話しできなかったこと、申し訳ございません」
感心した信太さまに、あたしは深く頭を下げた。
今回の奇襲は確信とも言えるわけではなかったから、どうしても話すことはできなかった。
逆に余計な情報になって、小田家中や城代の信太さまを混乱させるのはあたしとしては避けたかった。
「小田本体は今、結城多賀谷との戦の真っただ中です。簡単に小田城に帰れと言われても帰れません。相手の兵数の半分の兵で、城を守り切るのは信太様の指揮でも簡単ではないかもしれません」
「何を申します! 500の兵と言えど我が家の兵たちは勇猛な
「心強い。では、敵を打ち破っても構いませんが、最低7日耐え抜いてください」
「な、七日ですと?」
不思議そうに首を傾げた、信太さまにあたしははっきりと頷いた。
この七日だって、出まかせでも何でもない。
全ては、小田家がこの戦で勝利するための策なんだ。
「あたしは今から、氏治さまの本陣に向かいます。そして、うわさが広がる前に結城との戦にカタをつけて今日から七日以内に帰ってまいります!」
「ご、ご無理を! まだ雫様は床から立ち上がったばかりではございませんか!」
「関係ありません! 今あたしが計略智眼を信じ、働かせねば、小田家は滅亡必須!」
信太さまが止めるのも当然だ。
あたしが本隊に従軍してないのは、まだ毒の影響が抜けずいつ倒るともわからない状態だったから。
でも、信太さまに奇襲が来ることを伝えたとなれば、あたしは小田城にとどまっているわけにはいかない。
まだ、氏治さまには伝えなきゃいけない事が残ってる。
それを早く伝えなきゃっていう使命感が、あたしを突き動かしていた。
「それに、信太さまだからこそ。あたしは小田城を任せ、氏治さまの下に走れるのです」
「雫さま……我らのことを、そこまで信じておられるのですな」
あたしの気持ちが伝わったのか、信太さまは頷いてあたしの手を握ってきた。
もう、止める気はさらさらないみたい。
そうしたら、あたしも覚悟を決めて小田家客将としての使命を果たすまでだ。
「頼みます! 結城・多賀谷との戦、あたしの計略智眼を持って勝ち戦に導いて、必ず信太さまの護る小田城に戻ってくると誓いましょう!」
「分かりもした!兵と共に敵を打ち破って見せましょう!奇襲は見破ってしまえば、守りやすいものですからな!」
「では、行って参ります!」
実は今回の戦は小田領中に引き込む場所が、戦場。
あたしが慣れない馬で必死に走らせても、ここから一日とちょっと。
おそらくだけど、結城多賀谷連合軍開戦から三日後に到着する。
――ギリギリだけど、今回の戦に勝つ策を本当に実行できるのは、真意を知っているあたししかいないんだ!死ぬ気で、たどり着く!
あたしは小田城に残されていた馬に乗って、整備された街道をひた走ったのだった。
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