澄、相手の奇襲を看破する
「氏治さまは、そろそろ戦が始まったでしょうか……」
あたしは氏治さまが発った方角を見ながら、重い息をついた。
今回の戦は、防衛戦の戦いであることはみんな分かっている。
「3日耐えれば、勝てる。ただ、それまでみんなが耐えしのげるかどうか……」
あたしの策は、今回は不完全と言わざるを得ない。
あたしが倒れてなければって思うけど、今さら言ってもどうしようもない。
「雫さま、殿が心配でございますか」
「当然、心配です。敵を見て戦場で震えあがってないか、気が気ではありません」
どうやらあたしの頭は、これくらいの軽口が出るくらい回復したらしい。
「雫さま、一つ教えていただきたい」
「何でしょうか?」
「今回、葉月さまを切ろうとして貴女様を切った相手の下手人は――」
「菅谷さまでは、絶対にありませんよ」
大きく息をついて、あたしは信太さまに間髪入れずに答えた。
今回の跡継ぎがらみの騒動の一つは、あたしの中でほとんど答えは出ていた。
「理由は、ございますか? 拾って育てていただいた恩ではなく、理由です」
「本当に菅谷さまが跡継ぎ問題に乗じて小田家を乗っ取ろうとして、葉月姫を手に賭けようとしたらなぜ下手人はあたしだけを切ったのでしょうか?」
「それは、下手人の刃から雫様が葉月姫をかばったからでは?」
「それは、違います」
やっぱり、みんなは見えなくなっていたんだ。
葉月姫と一緒にいたあたしが襲われたっていう目の前の事実が大きすぎて、どうしてあたしだけが切られたのかってことを考えてなかったんだ。
「本当に葉月姫とあたしが狙いならば、あたしを切った後、その身体をどけて葉月姫を切ればよかったではないですか」
「そ、それは確かに!」
信太さまも言われて気がついたって顔をしていたから、小田家家中でも誰も気がついてなかったんだ。
逆にこの出来事を利用して、小田家の中で力を伸ばそう、相手を蹴落とそうという慾にまみれてしまったのかもしれない。
そして肝心の当主である氏治さまも、あたしが切られたってことと後づ木問題のことでで周りが見えなくなっていたんだろう。
「場所は小田城の奥、叫び声をあげたとて人が来るには時間がかかります。あたしだけが切られたのは、明らかに不自然なんです」
本当に葉月ちゃんを狙ったのであれば、あたしを切った後葉月ちゃんを切ることだって可能だったはずだ。
だけど、あたしが最後に耳にしたのは葉月ちゃんの誰かを助けを呼ぶ声。
そして氏治さまからも、葉月ちゃんの無事を聞いた。
明らかに下手人が狙ったのは葉月ちゃんじゃなくて、あたし”だけ”だった。
あたしは跡継ぎ問題では、中立の立場をとっていた。
だから、襲撃でどちらかに着けという警告にとれなくはない。
なら、なぜ常人なら死んでいてもおかしくない毒を使ったのか理由が付かない。
今回の事件で誰かが狙ったのは、あたしを殺害することによる小田家の内部崩壊。
跡継ぎ問題は、そのタイミングに渡りに船だったってだけだ。
「では、本当の下手人は?」
「恐らくは後北――」
「雫さま!小田城南方に、陣が張られております! 読み通りです!」
あたしの言葉を遮ったのは、息を切らして髪も服も乱れた市女笠のない行芽ちゃんだった。
その姿から、一目散に小田城に走ってきたのは明らか。
でも、その言葉はあたしが待ちに待っていた言葉だった。
「やっぱり……。この戦の緒戦、小田の、あたしたちの勝ちです!」
「雫様?」
勝利を確信したような嬉しそうなあたしの声に、信太さまが首をかしげる。
でも、それは当然のこと。
だって、今回の小田城奇襲の事は行芽ちゃん意外に話していないんだから。
「実は牛久に怪しい人が流れがあったというのは知っておりました。彼らは、あたしが死んだ後の小田城襲撃の機会を狙っていたんですよ」
「牛久!ま、まさか岡見さまが!?」
「違います。相手ははっきりとは分かりませんが、戦に出て手薄な小田城を奇襲して奪取して、その首謀者として岡見氏を疑わせるのが相手の策の一つです」
「な、なんですと!?」
信太さまの驚きは当然だけど、それは違う。
こうしてみると、今回の小田家への侵攻作戦は本当にうまく仕組まれたんだと思う。
普通牛久方面の進行となれば、岡見さまが素通りさせたってことになって疑われるのは当然なんだから。
「手筈はこうです。まず、結城多賀谷連合軍が佐竹家が奥州に出兵中、かつ城に本体がいない全力で蜂起します。当然、小田城は少ない兵力で迎え撃たねばなりません」
これが今、氏治さまや小田家本体が対処している野戦の方。
だけど、今回の戦は実は二面攻撃だったってこと。
「そこを小田城に別部隊が強襲、奪取し、織田家本体家の動揺を誘う、ないしは挟撃をすることで結城多賀谷の戦を有利に進める。それが相手の策です」
「まさか……。しかし、岡見さまが裏切るなどと誰も思いませんぞ」
「それが普通の小田家であれば、です。小田家は今、家中が疑心暗鬼ですから」
普通だったら、岡見さまは国境の地で小田家を守ってきた将。
まさか彼が裏切るなんて、普通なら考えない。
でも、今の小田家は普通じゃない状態だった。
「小田家で武勇を代々重ねた家とはいえ、牛久城の岡見さまは国境で勧誘も少なくないと思われても仕方ない場所。その方面からの敵襲となれば、さらに小田家家中は疑心暗鬼となり目の前の戦どころじゃないです」
今回の小田城攻め、もし対処できなければ本体の動揺は相当なものだ。
でも、それをあたしが事前に分かっていたことで多少なりとも傷を抑えることができた。
「しかし、雫様。そこまで分かってるなら、事前に敵兵を潰すことが……」
「できなかったんですよ」
信太さまの言葉に、あたしは首を振った。
分かってるなら対処したかったんだけど、それは悔しいけどほぼ不可能だったんだ。
「敵兵は少数に散らばり、商人、旅人に偽装していたんです。一人一人を取り締まるのは、岡見さまにも小田家にも不可能です」
「そんなもの!ふ、普通の戦ではございませぬ!」
「一万の大軍は不可能かもしれませんが、100人が10か所となれば合言葉や狼煙など申し示しがあれば、1000人程度の集合は可能でしょう」
敵が仕掛けてきたのは、そんな当時の歴史ではあまり聞いたこともない出来事。
普通は大将がいて、それに従って道を進軍するっていうのが常識だ。
なのに、今回仕掛けてきたのはその隊をバラバラにして小田家の下で集合させるなんてあたしも知らない戦い方だった。
行芽が見ていた怪しい人たちというのは、恐らくこの戦のために小田領に侵入してた敵兵だったんだろう。
当然、その人一人一人を調べるなんてできないし、一人を調べてる内に他の兵は蜘蛛の子を散らすように山野に散らばってしまう。
だから、あたしが対策をとることはほぼ不可能だった。
「でも、相手には誤算がありました」
「誤算ですと?ま、まさか……」
「あたしが、こうして生きていることですよ。この事態を予測できうる、本来なら死んでいるはずのあたしの死を確認できなかったことが、相手側の誤算です」
あたしは冷静に、信太様に返した。
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