澄、宴の中で気持ちを新たにする
「はははは!」
宴会は程よく盛り上がっていた。
最初はみんなあたしの誕生日っていうことで一緒になっていたんだけど、今はではあたしの誕生日にかこつけた親睦会の様相を呈していた。
佐竹さまと氏治さまも、今日は無礼講ということで膝を突き合わせている。
諸将もこの機会だからという感じで楽しんでいるみたいで、一応主催のあたしとしては嬉しくなる。
この機会に初めてしっかり話す小田家の将もいて、ほんといい機会になっていた。
行芽はといえば、末席で初めて食べるご飯をおいしそうに食べている。
一口一口恐る恐る口に運んでは、ぴ君と震える様子がなんだか子犬みたいで、かわいい。
今回の誕生会に来ていない長尾家からは、長々とした書状が届いた。
かいつまめば、『雪で越後から動けぬ時に楽しそうなことをして羨ましい。関東へ行った時に、何か祝いのものでも送ろう。後、小田にうまい酒があるなら紹介してほしい』って内容だった。
もちろん、文面からわかる通り景虎さまじゃなくて兼さまからだ。
「ふぅ……」
あたしはお酒は飲めないからと全部断わって、明智さまの用意してくれたお膳を味わっていた。
いつもの関東武士っていうお膳とは違う、どこか京の都を感じさせるようなきれいな料理。
使われているものには手に入れるのが難しい食材もあったろうに、あたしのために用意してくれたってことがすごく嬉しかった。
例えばお豆腐なんて、なんか現代より濃厚でまるで豆乳を固めたみたいに美味しかった。
「ギョウザも、あたしよりおいしい」
あんかけの蒸し餃子も、あたしの作るのなんかよりもすごくおいしくできている。
みんながあたしのためにって作ってくれたと思うと、頬も自然に緩んじゃう。
初めての誕生パーティは、すごく大事になってしまって不安だったけどみんなから祝われているのは悪い気はしない。
というか、これだけあたしは、小田家や諸将に受け入れられているんだなって分かってすごく嬉しい。
――でも、もし、あたしが小田家の中で孤立しちゃうことがあったたら、頼れる人が誰もいなくなってしまったら500年後と同じ一人ぼっちになってしまうかもしれない。
ふと、そんな不安が浮かぶ。
敵の内部工作や、あたしの失策があれば、心配が現実になってしまうこともあり得るかもしれない。
――そんな事、嫌だ。絶対に、嫌だ。
不安に、身震いがする。
だけど今のあたしには、それを防ぐ何か有効な手立てが何も浮かんでは来ない。
噂を止める方法なんて、あたしには分からない。
それに、今はそんな暗い事なんて考えたくなかった。
「今は、この宴を楽しもう!」
今だけはそんな不安なんて、考えたくなかった。
目の前で楽しそうにあたしの宴を盛り上げているみんなと、ただの女の子になってこの時を一緒に楽しみたかった。
明日からはまた18歳の戦国武将として、また小田家に襲ってくる滅亡の運命た闘わないといけないんだから。
「おーい!澄もこっちにこい!」
「はーい!氏治さま、すぐ行きます!」
少し酔ったような声の氏治さまに呼ばれて、あたしは笑顔で隣に座った。
氏治さまはお酒に酔っているのか、ほんのり顔が赤い。
「あ、氏治さま、お酒足しましょうか?」
「何を申す! 今日の主役は澄なのだぞ。よいよい、自分で注ぐ」
氏治さまは、トロっとしたお酒を盃に自分でついだ。
「みんな、楽しそうですね。よかったです」
会に呼ばれた人たちは、それぞれが宴を楽しんでいるようだった。
たがいに笑い合い、楽しそうな声が部屋には響いている。
「それだけ澄は必要とされているということじゃし、皆、澄の祝いだからこうして小田に集まっておるのじゃ」
「氏治さまも誕生の祝いをすれば、こうして集まると思いますよ」
「そんなことをしょう物なら家臣どもが呆れかえって『殿、御自分の立場をお考え下さい』なんて言うに決まっておろう!」
「あ、あはは……」
「否定せんかい!」
「ふふ、すいません。なぜか光景が目に浮かんでしまって」
思わずその光景を思い浮かべてしまったあたしは、少し拗ねるような氏治さまに思わず笑ってしまった。
もちろん、そんなことになればみんなそうするだろうなって思うし、あたしも城内だけにしませんか?って言ってしまっていそう。
「全く、これではどちらが主か分かったものではないの!ははは!」
「あたしの主は、今までもこれからも氏治さまですよ。それを忘れるつもりはありません」
「澄は日々小田家のためを思うて、様々なことをなそうとしてくれていること本当にうれしく思うぞ。わしにはできすぎた家臣じゃ」
恥しそうに、頭をかく氏治さま。
でも、あたしは無理してるつもりなんてない。
だって、あたしを救ってくれて才を認めてくれた氏治さまに恩返ししたいだけなんだから。
この人が無念の思いをして、死んでいくのが嫌なだけなんだから。
「なぁ、澄」
「なんでしょうか?」
「この戦に怯える日々が、早くなくなるとよいな」
「それは、はい、あたしも思います。でも――」
あたしは思わず、氏治さまから目をそらした。
新しい幕府が開かれ、太平の世と言われるまであと50年以上ある。
考えてみれば、その間ずっと戦がいつ起きてもおかしくないようなの日々が続いていく。
想像するだけでも、いくつもの困難が待っているはずだ。
あたしが変えてしまった歴史の中で、本当に小田家をその間守れるのかどうしても断言はできなかった。
「不安な顔をするな、澄!こうしてお前を支える者たちはたくさんおる。一人で抱えようとせず、皆を頼れ」
「そう、ですね……」
あたしはちらりと、宴に参加してくれた人たちを見やる。
そこには小田家の譜代をはじめ、小田家四天王、代々仕えてきた家臣たち、佐竹さまをはじめとする同盟を結んだ佐竹家の関係者。
もちろん、氏治さまや稲姫ちゃんに葉月ちゃん、行芽ちゃんだっている。
前の時代一人ぼっちだったあたしは、いつの間にかこんなにもたくさんに誕生を祝われる立場になっていた。
――だからこそ、この人たちを守っていかないと。あたしの知識、もっともっと役立てないと。
「なぁ、澄」
みんなを見て気持ちを新たにしたあたしの後ろから、小さなつぶやきが聞こえた。
「これからも苦労をかけるが、わしを支えてくれ。頼んだぞ」
「当然です。氏治さま、一緒にこの乱世を乗り切りましょう」
みんなが騒ぐ中、あたしと氏治さまの周りだけ何処かしんみりとした空気になった。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは氏治さま。
いたたまれないように、苦笑いをしてあたしに向きなった。
「ああ!こういう空気は苦手じゃ! 澄、飲みなおすぞ。付き合え!」
「だから、あたしは飲めませんって。さては大分、酔ってますね?氏治さま」
「酔っとらんぞ!わしは全然酔っておらん!」
「それは酔いのまわった人の言う言葉です。お水、持ってきますね」
くすっと笑って、あたしはお水を取りに席を外した。
あたりからは楽しそうな歓談が聞こえてくる。
――誕生日会、開いてもらってよかった。
あたしは心の中で会を開こうとした二人の姫と、段取りをつけてくれたり、来てくれたみんなににお礼を言おうと心に決めた。
そして初めての誕生日パーティーは夜がとっぷりと更けるまで、にぎやかに続いたのだった。
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