澄、人生初の誕生会、開始!

「澄殿、準備が整いましたのでお呼びに上がりました」


「は、はい!」


 明智さま時間に呼ばれて、あたしは自室からカチコチで広間に向かう。


「大事ですね。小田の諸将も結局辺境の岡見様たちを除いて、ほとんど来てますよ。それに村からもたくさんお祝いの品が届いてるみたいで、なんか申し訳ないです」


 さっき、わざわざ明智さまが作ったと思われる出席者名簿を見たんだけど、小田の諸将がかなりの割り合いで来てくれていた。


 来ていないのは、いつ攻めて来るともわからない北条と接している領を持つ人たちだけだった。


「何を申されます、澄殿だから来てくださったのですよ」


 なんか、あたしなんかのために申し訳ないなと思っていると、そんな声が明智さまからかけられた。


 どういう事だろうと、見つめ返すと少し困ったように説明してくれた。


「澄殿が身を粉にして、小田家に尽くしているからこそ今回の宴に皆参加してくれたのです。それは佐竹家の皆も同様です」


「それは、氏治さまや四天王のみんなや諸将、明智さまがいたから成せたことです。あたしは何も」


「澄殿は自分がなされていたこと、なさっていること、なそうとしてきたことをどうも過小評価するところがありますな。真相は皆は知らないとはいえ、小田家のためにと今日まで走り続けたのは澄殿自身ではないですか?」


「でも、まだ志半ばです。滅亡を回避できたわけではないですし、小田家の中でもそこまで功があるわけでは……」


 いつもならば、受け取る事が出来た明智さまの言葉も今日はなぜか受け取れない。


 小田家の中で、あたしはそこまで功があるわけではない。


 功と言える事と言えば、小田城の奪回と佐竹家との同盟くらい。


 歴史を確かに少しは変えられたけど、小田家の滅亡回避というのにはまだまだたくさんの困難が待っている。


 それなのに、こんなにお祝いされるなんてどこか遠慮してしまう。


「そこが過小評価と言っているのです。日々なんとか時間を作っては領内を回り、諸将や領民とひざを突き合わせ、高家出身の女子の身ながら小田家のためにと動いてきた姿勢は皆も分かっておりますよ」


「高家じゃ、ないんですけどね」


 この嘘は、いつまで突き通せるのだろうか。

 みんなを騙しているそんな不安を含んだ苦笑いを、明智さまは笑顔で一蹴した。


「それでもですよ。皆、澄殿が必死に小田家に尽くそうという姿勢を見ていて、同じ小田家を支える者として大切に思うようになってきた。今日は、それを確かめられる日ですよ」


「大切に……ですか」


 自分で口にしたら、思わず胸ががじわりと熱くなった。


 そうか、あたしはみんなに大切の思われてるんだ。


 500年後の世界では、誰もあたしを大切に思ってくれていなかった。


 誰かに大切にされたいと思っても、どうしていいか分からなかったし、もう無理だって諦めていた。


 でも、こうしてタイムスリップしてもう一度、人生をやり直していく過程であたしは手に入れたいものを手に入れられていた。


 小田家諸将、明智さま、義昭さま、行芽ちゃんに、領民の方、そして氏治さま。


 あたしを認めてくれる人、大切に思ってくれる人をあたしはたくさん手に入れていた。


「あたしにはもったいない……です」


「まだ泣くのは早いですよ。それに、笑顔でいかねば皆が不安がってしまいます」


「分かってますよぅ。少しくらい、いいじゃないですか」


「これは、諸将や料理を見たら大変なことになりそうですね」


 思わず泣きそうなあたしに、明智さまはからかうように笑って見せた。

 だって、仕方ないじゃない。


 生まれて初めて、あたしはたくさんの人から誕生日を祝ってもらえるんだから。


 ここにいていい、いていいんだ。


 生まれてきたことに、何の罪もないんだって初めて認められるって思っちゃったんだから。


「澄殿、つきましたぞ」


 明智さまに促されて、顔を上げる。

 広間は本当に、諸将がずらっと並んでいたのだった。


「雫澄殿、参られましたぞ」


 明智さまの凛とした声に、歓談していた諸将だけではなく隣にいたあたしの背筋も伸びる。


「では、澄殿中央の席へ」


「あ、は、はい……」


 カチコチになりながら、いつもは氏治さまが座っている上座の位置に座る。

 ちょこんと中央に座ると、本当にみんながずらっと並んでいるのが分かる。

 な、なんかすごい誕生会だな。


「今回の宴の接待役を務めさせていただきます、雫家家臣、明智十兵衛光秀でございます。今回は我が主、澄のためにお集まりいただき大変光栄に御座います。雫家代表として、まずはお礼申し上げます。今日は、ささやかではありますがお集まりの皆さまが我が主、澄を祝う時間にしていただければ幸いに御座います」


「澄殿、おめでとうございます」


 がっちがちの硬い挨拶を明智さまが述べると、諸将がそろって口にする。


 反射的に頭を下げるけど、緊張しちゃって頭が真っ白。


 こんなにたくさんの人に頭を下げられるなんて人生初だし、そもそも人生初の誕生会がこんなものになるなんて想像してなかったんだもん。


「では、澄より一言いただきたと思います。どうぞ」


「ええっと!、あ、あの!」


 思わずあたふたとなりながら、何とか深呼吸をする。


 来るかとおもったら、やっぱり!振ってきたよ美濃の麒麟児!


 こういうことは、事前に言ってもらわないと困るよ、もう……。


 でもここでちゃんと挨拶しなきゃ、主賓として、小田家の将として恥ずかしい。


 あたしは何とか頭を回して、口を開いた。


「今回は、わざわざあたしのためにありがとうございます。誕生を祝ってもらうなんて、生まれて初めてで、それもこんなにたくさんの方が集まってくれて嬉しさと同時に、驚いているのが本音です」


 あたしが切りだすと、少しだけ広間がざわつく。


 そのどれもが、今まで誕生を祝われてなかったことに対する驚きだった。


 でも、事実なんだから仕方ない。


「気がつけばあたしが小田家に来て、約一年になりました。まだまだ皆さんの力を借りなければ何もなすことができない若輩者です。えっと、あの、これからも……共に小田家を支えていくことができたらと思っています。今日はあたしのためにありがとうございます」


「澄―!硬いぞ!というか、すでに泣きそうではないか!」


 何とかお礼を言葉にしたところで、そんな声が飛んできた。


 誰と確認するまでもない、氏治さまだった。


「ば、馬鹿言わないでください!泣きそうになってなってませんよ!ちょっと、その、視界が歪んできただけです!」


「いつもの強がりにも、切れ味が無いぞ。今日は大人しくしておれ」


「は、はい……」


「小田家当主としても皆に例を申し上げる。此度は澄のために、集まってくれて嬉しく思う」


 まぁ、そっか。


 当主として、さすがに挨拶しない訳にはいないか。


 でも、その奪い方はどうかと思いますよ?氏治さま。


「当人は、慣れぬようで見事に緊張してしまっておる。ここは、皆が無礼講で騒いで、少しでも澄に楽しい時間を過ごしてもらおうではないか!」


「さすが殿ですー!」


「ですが澄殿が、睨んでおりますぞー!」


 氏治さまの声に、そんなヤジのようなものが飛ぶ。


 でも、明智さまとあたしの挨拶で硬くなった広間が一気に柔らかくなった。


 氏治さまがばつの悪そうな顔をあたしにむけるので、睨みつつもありがとうの笑顔を向けた。


 あのままじゃ、なんか固い感じになってみんな楽しめなかった労使、あたしとしても緊張したままの時間になるところだった。


「では、皆さん!今日はありがとうございます!」


 上手く氏治さまが、崩してきたおかげでようやく気を張らないお祝いという雰囲気になったんだから感謝しなきゃね。


 あたしは、嬉しいという言葉を素直に笑顔と共に口にした。


「澄殿、おめでとうございます!」


 そして返ってきたのは、初めての誕生を祝うみんなの声だった。

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