澄、牛久方面の怪しい動きを知る
「雫様」
部屋で待機していると、小さく平坦な声が聞こえてきた。
声の方に振り替えると、市女笠をかぶった女の子が膝をついていた。
「
行芽ちゃん。
あたしが街でスカウトした、女の子だ。
お仕事は、あたしの行けない小田領、特に辺境地区の見回り。
あたし一人では領内を見回るのにも、限度がある。
誰か頼める人がいないかなと考えながら町を散策して時に、トボトボと歩いていたのが彼女だった。
家から穀潰しだって追い出されたらしくて、人買いのところでも人気がなくて追い出されたって聞いてほおっておけなくなった。
最初は小間使いとして雇う予定だったんだけど、もっと役に立ちたいってすごい強い目で言ってきたから領内の見回りのお仕事を頼んだ。
危険も伴う役割だけど、仕事を説明したら『小田の地が穏やかになるなら』って引き受けてくれた。
根っからの真面目気質らしく、報告は丁寧で分かりやすい。
身体能力も高いし、女の子だからいろいろ利便が効くから本当に助かっている。
「今回は、お耳に入れたいことがございまして」
歳は同い年くらいなんだけど『あくまでも主従です』からと、こうしてちょっと固い言葉遣い。
ちょっと距離があるのは寂しいけど、仕方ない。
「なにかあったの?」
「最近、牛久あたりの人の動きがおかしいのです」
「牛久?」
牛久を治めているのは、代々小田家に仕えている岡見氏。
北条、結城のとの防衛ラインでもあり、小田家にとっては重要な拠点。
何より、牛久沼を中心とした水運でも重要地点でもある。
「はい。農民でもなく、武士でもなく、何やら怪しい人々が多く出入りしております」
「怪しい人々、ですか。どのような身分や姿かは、わかりますか?」
「見ているところ、腕に自信がありそうな者たちが多いです。粗暴な服で身を誤魔化そうとしておりますが、どこか無理のあるものもおります」
確かに、岡見氏には最近はどうやら優秀な
もしかしたら、優秀な人物で士官を募集しているのかもしれない。
でも、それだとしたら行芽ちゃんがわざわざ報告に来るはずがない。
高札も出てる可能性も高いし、小田城下でも噂になるし人の流れもあるはず。
それなのに、小田城下ではそんな話も、人の流れも一切ない。
――怪しすぎる。
あたしの中の直感が、これは重要な情報かもしれないと告げる。
「行芽ちゃん、物資の流れは分かりますか?」
「今のところさほど、怪しい動きはありません」
なるほど、荷の動きは無しか。
行芽ちゃんは怪しいと思うところはしっかり調べる子だし、見落としてるってことは考えない方がよさそう。
だけど、行芽ちゃんの目はまだキリっとしたまま。
これは、何かつかんでそうだ。
「が、一つ気になると言えば」
「言えば?」
「その怪しい人たちが、何やら背負っていることが多いということです。小さな葛籠といえばいいのでしょうか。多くのものが背負っております」
あたしの頭の中で、行芽ちゃんの報告が一つ一つ組み合わさっていく。
腕に自信がありそうな人たちが、牛久に集結。
牛久の岡見氏は、恐らくだけど士官の募集はしていない。
さらに、優秀な将が入ったという噂。
そして主家である小田家は、まだ氏治さまが跡継ぎを決めていない。
葛籠には簡易的な鎧一式くらいは入るし、武器はこの時代どうにでもなるくらい世の中に広まっている。
「……最悪の場合を想定して動いた方がいいかもしれませんが、今こちらで打てる手は……分かりました。報告、ありがとうございます」
あまり考えたくはないけど、これは最悪のパターンを考えなきゃいけない。
歴史上は無いとはいえ、あたしのせいで歴史があり得ない方向で歪む可能性は頭に入れておかなきゃいけないんだから。
「あの、それで、ご褒美……を」
お礼を言った途端、行芽ちゃんの表情が少しだけ変わる。
あたしにとっては、行芽ちゃんは年下で健気な妹みたいなもの。
500年後では一人っ子だったから、姉妹とか兄弟にはあこがれていたんだよね。
まさか、こんな形で妹みたいな存在が出来るとは思わなかったけど。
「ありがとう、行芽ちゃん。なでなで」
「ありがとうございます。幸せです」
市女笠を取ってあげて、つやつやの黒髪を優しくなでてあげる。
頭を撫でられると、ふにゃっとなって目を細める行芽ちゃん。
ちゃんとお賃金は出しているんだけど、帰ってくるとこんなちょっと変わったご褒美を欲しがっても許しちゃう。
「牛久方面、少し警戒していた方がいいですね。行芽ちゃんも引き続き、領内の見回りを頼みますよ」
「はい、雫様」
今回の情報は行芽の情報は誕生日のあたしには、十分なプレゼントだ。
少しだけ領内全体の、警戒の度合いを務めておいた方がいい。
今、何かあれば、跡継ぎ問題で揺れる小田家としては非常にまずいことになるからね。
「そうだ、行芽ちゃん」
「なんでしょうか? また、見回りに行こうかと思っていたのですが」
「今日はあたしの誕生会だから一緒に参加しようね」
そういえば、今日はあたしの誕生会。
行芽があたしの前に返ってくるのは不定期だから、一緒に参加できるかわからなかったんだけど戻ってきたんならちょうどいい。
他の豪族だったら別だけど、行芽ちゃんだったら無理やりにでもお膳を用意してねじ込んであげたい。
そうして誘うと、行芽ちゃんは驚いたように目を見開いた後しばらく考えるそぶりを見せた。
でも、その表情からは明らかにうれしさが感じ取れる。
かわいいなぁ。
「え?澄様の?……分かりました、末席でよければ」
普段だったら断るんだろうけど、遠慮しぃというより序列には敏感な行芽ちゃんらしく少し悩んだけど参加はしてくれるみたいだった。
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