誕生会編

小田城、騒がしくなる

 年越しは年末恒例の歌合戦も、芸人がケツバットされるバラエティもなかった。


 テレビも何もないんだから仕方ないけど、連歌会もなく静かなお正月だった。


 とはいえ、氏治さまの跡継ぎ問題は棚上げになったまま何も進展がなかった。


 そしてさらに時は進み今日は、4月4日。


 春の小田城は、にわかに騒がしくなっていた。


「魚はまだか!?」


「ギョウザ、作り終わりました!」


「卵は何とか手に入り申した!」


「八馬野村から祝いの作物が届きましてにございます!」


 そんな声が、調理場から響いている。


「な、なんか大事になってない?」


「平塚自省さまいらっしゃいました!」


「土岐伊予守さま、野中瀬備後守さま、菅谷壱岐守さま、いらっしゃいました!」


「ええ!?平塚さまに土岐さま!?野中瀬さま、菅谷壱岐守さま!?」


 慌ただしくなった小田城で居場所が無いように、ふらふらしていた。


 姫二人が氏治さまに進言した、あたしの誕生会。


 ささやかな小さなものになると思ったんだけど、どうやら大事になっているみたいだった。


 平塚自省さま、海老ケ島城の修理は大丈夫ですか?


 他の皆さんも、あの、自分の領地運営ををもっと大切にしていただきたくあたしは思うのですが。


「佐竹義昭さま、江戸忠通さまいらっしゃいました!」


「間にお通しせい!」


「よ、義昭さまに忠通さままで!?」


 佐竹さま、自領はいいんですか?


 あの、っていうかそろそろ寿命なんですから大人しくしてくださいよ。


 義重さまが、心配してますよ。


 それに、江戸忠通さまも、確かそろそろ寿命だった気がするんだけど……。


「なんで、こんな大事になってるんだろう」


 あまりの騒ぎに思わず頭が痛くなり抑えていると、後ろから声がかかった。


「それは、氏治さまが澄様の誕生の宴を開くと諸将に文を書きました故」


「明智さま、知ってたら止めてくださいよ。あたし、全然、知らなかったんですよ!」


 いつものように冷静に、かつ、あっさりと言い放ちやがった美濃の麒麟にあたしは思わず食って掛かる。


 確かに誕生会をやるとは聞いていたけれど、こんなに大ごとになるなんて聞いていなかった。


 っていうか、主催に相談なしで人を呼ぶなんてどういうことだろう。


 サプライズにしても、規模が大きすぎてうれしさより戸惑いが大きいんですけど。


「氏治さまから、雫殿には絶対に伝えるなと強く仰せつかりましたから」


「むー!あたしが明智さまの主君なんですけど!? こういうのは、ちゃんと上に伝えるべきだと思います!」


「おや、普段は主君と思わなくてもいいとおっしゃっていますのに、おかしいですね」


 涼しい顔をする明智さまに、あたしはプルプルと震えるだけだった。


 ぐぬぬぬ!この美濃の麒麟は―!憎たらしいくらい、すごく頭が回るんだから!


「今回の祝いの席の責任者は、私が仰せつかっております故。ご安心ください」


「ああああ……」


 明智さまの言葉にあたしは思わず蹲った。


 頼む!頼むから鮒ずしみたいなお魚とか用意しないでください!


 あたしは信長さまみたく、お膳ひっくり返したりブチ切れたりしませんからここまできたら普通のでお願いします!


 とりあえず餃子は出るみたいだから安心はするけど、不安は不安だ。


「光秀さま、あまり雫殿を困らせないでくださいよ。さすがに急にこんな騒ぎでは、戸惑うのも当然でしょう」


「さ、左馬助さま」


 本能寺の一因になったとみわれる逸話を思い出していると、優しい声が助け舟が出された。


 声の主は明智秀満、通称左馬助さま。


 明智さまが小田家に仕官したのを通じて、常陸の国までわざわざやってきた明智一族の一人。


 あたしの時代だと、某ゲームのイケメン主人公のモデルだったり湖を馬で駆け抜けたとか色々伝説を持っている武勇の人。


 でもあたしの前にいるのは、どちらかと言えば優男風の人当たりのいい人だ。


「でも煕子も、せっかくなら大きな宴にしましょうと乗り気だったからなぁ」


 ツッコまれた明智さまは、にやにやしながらまるで独り言のように漏らす。


 な、なんで光秀さまの正室である煕子様まで乗り気なんですか。


 でもあの人、史実だと明智さまが朝倉にいた時にお茶会の接待役だった明智さまにお金がなかったから、自分の髪を切って売ったっていうエピソード持ちだったよね。


 絶対今回も接待役に任命された夫を支えるために、さすがに髪は売ってないだろうけどいろいろやったんだろうなぁ。


「だが、確かに我らも、小田家一同もさすがに少しやりすぎたようだな」


「やりすぎですよ、全く」


 少し苦笑いをする明智さまに、あたしは大きくため息をついた。


 ささやかな身内の誕生会を想定していたのに、これじゃあ小田家の一大イベントだ。


 さらに、佐竹家や周辺豪族まで巻き込んでる。


 事の重大さに、思わずくらくらしてくる。


「ともかく、今日はお呼びがかかるまでお部屋でお休みください」


「そうですね、ではお部屋で休ませていただきます」


 普段はいろいろしなきゃと思うけど、今回ばかりはみんなに任せよう。


 主役は主役らしく、堂々としていればいい。


 その方が、みんなも安心してくれるしあたしも疲れないはずだ。


 そう思って、今日ばかりは明智さまやみんなに甘えることにした。

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