澄、氏治に訴える
「で、澄」
「……」
「わしを呼び出しておいて、なんで、さっきから口きいてくれないのだ?」
あたしがいるのは、小田家の評定の間。
人払いをしっかり行い、いるのはあたしと氏治さまだけ。
しんと静まり返った、少し広めの表情の間の空気は冬の空気と相まって氷のようだ。
「あの、氏治さま」
「なんじゃ?」
「念のためにお聞きしますが、あたしの呼び出される心当たりは?」
「ない!」
「最近、家中で火種がある事はご存じですか?」
「ああ、何やら家臣たちが騒がしくしておるが、何かあったのか?」
氏治さまは、堂々と答える。
うわ、自覚無しですか、このクソ当主。
自分の室たちも、気を病んで溜息ばっかりの日々なのにそれを気がついてない?
うわー、澄ちゃんの怒りメーター久しぶりに急上昇だよ。
「まぁ、家臣たちのいざこざなどよくあること。逆にぶつかって意見を言い合った方が、成長になるとも言えよう」
「へー、そう思ってるんですね」
「逆に変に上から抑えてしまっては、自由な物言いができず苦しくなってしまうではないか」
胸を張ってこたえる、氏治さま。
はぁはぁ、それは立派なお考えをお持ちなんですねぇ、我が殿は。
確かに、平時ならばそのような自由に議論する雰囲気は非情に歓迎しますよ。
でも、今はそんな事やってる場合ではないんですよ!
はい!澄ちゃんの怒りメーター天元突破!!
「氏治さま、何、暢気にバカ言ってるんですか……?」
「ひっ!ひ、久しぶりに見るのぉ……その澄の冷たく痛い視線」
刀を抜かんばかりのあたしに明らかにビビって、ガタガタ震える氏治さま。
全く、別にあたしもこんなことをしたくてお仕えしてるわけではないんですよ。
小田家の恩返しのためとはいえ、もっといつものあたしらしくもちょっと柔らかくいたいのですが?
それをさせないのは、どこのダメ最弱当主でしょうかねぇ!?
「跡継ぎ問題で小田家は今、真っ二つに割れようとしてるんですよ!」
「え!?そうなの!?」
「知らなかったんですか!?」
思わず、素でツッコんだ。
この人、本当に知らなかったの!?
バカじゃないの!?
「知らぬ!存せぬ!い、一体誰のせいで!」
「あなたですよ!あー!なー!たー!現小田家15代当主、小田氏治のせいです!」
「ひどい男もいた者じゃ!」
「……いい加減にしてくれます?なんなら、今すぐにでもその目、覚まさせてあげますよ」
あたしが本当に刀に手をかけようとしたところで、目の前で最低な言葉を並べていた小田家15代当主は泣きつくように土下座した。
「き、決められないんじゃああああ!」
おいおいと目の前で泣きだす氏治さま。
ああ、これ、泣いて言い訳でもする気でしょうか。
一応この人、あたしの主君で、さらに名族小田家の現在当主なんだけど。
「小太郎は初めての子であって、稲の実家もわしとの婚礼を喜んでくれてよい教育を受けさせてくれて、立派な若武者育っておる」
「それは、存じております」
「彦九郎は正室との初めての子。わしによく似ており、人懐っこくて民や家臣からも愛されるような大人に育つであろう」
「それも、存じております」
「決められるはずなかろうよおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 無理じゃ無理いいい! どちらも当主にはできぬものかああああ!」
「無理です。ご自分で決めてください」
泣きの訴えを、あたしはバッサリと切り落とす。
すると、氏治さまは崩れ落ちて、ぴくぴくとしている。
とはいえ、ここで今言を緩めて
『ひどい物言い、申し訳ありません。何かいい方法がいいか、あたしが考えますね』
とか、甘やかす場面じゃない。
「このままで、は小田家は分裂。その隙をついて周辺諸家が、援助という名の小田家乗っ取り政策をしてくることは考えられるんです!」
あたしが早めに跡継ぎ問題を解決したいのは、周辺諸家の介入を避けるため。
援助したからという理由で、他家に小田家を引っ掻き回される可能性もある。
この状況であっても佐竹や上杉、長尾家に頼らないのもこのため。
変な恩は、売らないに限るのが戦国の世だ。
「せっかく最近の小田家はうまくまとまって、佐竹や上杉とも協力関係なんです。それを氏治さまのワガママや、優柔不断でボロボロにする気ですか!?」
「す、澄、しかしなぁ……」
「先延ばしするには、構いませんよ?」
「ほ、本当か!?では……」
「でも、その間の二人の気持ちは、室である二人の気持ちはどうなるんです!」
甘い顔をしたバカ殿を、あたしは鋭い言葉で突き飛ばした。
「小太郎さまは、父に認められて当主になろうと文武に毎日励んでいるとお聞きしています。彦太郎さまは、まだ事の大きさは分かっておりませぬが、いつか自分が当主であろうと意識するでしょう」
小太郎さまは、一度会ったときにも非常にまじめな方だった。
実家に戻っていた時代も、お寺で様々な事をなまんでいて、いつか小田に戻った時にと自分を磨いていたと聞く。
彦太郎さまはまだ幼いながらも、小田家の当主になる人物という周囲の言葉を必死で理解しようとしている。
「その二人を、いつまでも決まらない不安の中に置いておくつもりですか!それが……親のすることですか!」
なぜか、いつの間にかあたしの目からは涙がこぼれていた。
あたしは、親らしいことを親に一切されてこなかったように思える。
だから、氏治さまには、一人の親として、子供に親らしくしてほしい。
跡継ぎ問題は小田家への恩返しの意味もあるけれど、氏治さまの親らしいところを見て安心したい。
そんな、あたしのワガママも少しは入っていた。
「澄……」
「確かにこの時代、突然のお病気でご子息が亡くなることもあるかもしれません。その不安は、重々、あたしも分かっております」
氏治さまが決められなかったのは、この時代のこともあると思っていた。
病気などで、幼いこともが死ぬことも多い。
特に男子は10歳まで生きるかどうかっていうのは、一つの境目だ。
跡継ぎ候補の彦太郎さまは、まだそれに届いていないんだからね。
「でも、決めてください。決めないと……小田家が、バラバラになっちゃいます。今は、その境目なんです」
「そこまでであったか……。わしのせいで、小田家が滅びへの一歩を踏み出そうとしていたことに、気がつかなかったのか」
氏治さまは、ポツリと寂しそうに漏らす。
きつく言ってごめんなさい、氏治さま。
でも、こればっかりは氏治さまに決めてもらわないと、いけないことなんです。
「わかった、近日中に答えを出そう。ただ、今すぐにはさすがに――」
「分かってますよ。出来るだけ早く、お決めください」
こっちだって早く決めては欲しいけど、今すぐにっていうのは言わない。
今、焦って決めて失敗される方が、よっぽど後に響いてくるんだから。
今日は、後継ぎ問題が重大なことになってるんだよって、氏治さまに知ってもらっただけでも今回はあたしの戦は勝ちなんだからね。
「世知辛い物だ。血を分けた兄弟が仲良く家を支える方法が、あればよいのだがな……」
「氏治さま……ここは、戦国の世でございます。どうか、当主としての務めを果たしてください」
寂しそうにつぶやいた氏治さまに、あたしも唇を噛む。
氏治さまだってこの戦国ではほとんど見られない兄弟で家を支える方法が、どこか無理だと分かっている。
そんな寂しさを、あたしに見せつけるみたいだった。
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