澄、未来を知ってるが故に悩む

 明智さまに、小さく頷いた。


 今回の問題では、小田家の強さである主家と一族郎党の結びつきの強さが逆に問題になっていた。


 今は完全に小太郎さま派彦太郎さま派に分断され、表面上は変わらないものの裏では利権争いが少しずつ起き始めている。


 応援している方が世継ぎになれば重用され、逆もまたしかり。


 各家の当主も自分たちだけではなく配下や足軽、領民の命運をしょっているのだから、必死にならないはずがない。


 そのしがらみがないのは、小田家に入って来たばかりの明智さま、家臣を持たないあたしだけだって訳だ。


「はい。それにこのことが表ざたになれば結城に多賀谷、他の周辺が小田を討って北条になびくということがあってもおかしくなりません」


 小田家周辺はすべて、反後北条で今のところは固まってはいる。


 でも、あたしが本当に信頼しているのは好を交わしている上杉長尾連合と佐竹家くらい。


 特に結城と多賀谷は一応は同じ反後北条派に属しているとはいえ、いつ鞍替えを行うかわからないし、好も交わしてない内から攻めてきてもおかしくない

 。

 二家とも小田家とはいつも争っていた間柄だから、ガタガタになった小田家に攻め入って勢力拡大を行ってもおかしくない。


 同じ反後北条だからお互いが戦をしてはいけないって、規律があるわけじゃないんだから。


「でも、あたしたちに協力してくれる人いないですよね」


 そう、あたしたちは小田家ではそこまで力がない

 。

 明智さまの家来は、登用決まったことで明智領から呼び寄せた数名。


 あと、小田家からは足軽100人ほど。


 家名と血筋だからっていきなりの数なんだけど、あたしへの報酬が余っていたのでそれで賄っている。


 連れてきたメンツの名前をあげれば、ゲームキャラのモデルにもなった武の明智左馬之助に、春日局のお父さん斎藤利三、明智家の内政頭脳派溝尾茂朝など。


 歴史好きからすれば錚々たるメンツなんだけど、小田家ではまだ力が無い。


 そしてあたしはと言えば、自分から申し出ていることだけど家臣一名、土地ゼロだ。


「雫様の鶴の一声、というわけにもいきますまいね」


「ああ、助かります。煕子さま」


 すっとお茶を出してきた光秀さまの室、煕子様に頭を下げる。


 おっとりしているけど、この人も明智さまを何度も内助の功で救ってきた、聡い戦国の女の人。


 だてに、”麒麟”明智光秀を支え続けた一生を終える女性じゃない。


 彼女にはあたしが500年先から来たことが直ぐにバレるだろうと思って、先日バラしてある。


 それも『それは大変なことですね。助けになることがあれば、何でも言ってくださいね』って驚かないで柔らかに受け止めてくれた。


 なんだろう、聖母かな?


「行く末を知っていて、それでいて変えるのは大変だとは御座いますよ」


「それでも、あたしの決めたことなので仕方ありません」


「それが雫澄という女子の選んだ道なのならば、進むのが一番です。私は応援しますよ。光秀さま、人払いには注意いたしますね」


「頼む。苦労をかかるな」


 ああ、こういう内助の功はほんと嬉しい。


 どうしても一人で頑張らなきゃ!っていう場面が多いから、こういう気遣いだけでもすごく助かって元気が出る。


「ともかく、後継ぎ問題は早急にに答えを出してもらわないと困ります」


「二人の候補のためにもこのまま先延ばしは、あまりよくないと女子ながらも思います。ねぇ、光秀さま」


「照子の言うとおりです。特に小太郎さまは元服間近ですし、跡取りの時に様々な学びを受けてらっしゃる。当然本人にも、小田家の跡継ぎであるという意識はありますからね」


「澄さま、史実で継ぐのは、どちらなのですか?」


「彦太郎さまです。武勇はそこまでではないのですが、比較的うまく世渡りした感はありますね。小田家取りつぶし原因は、ある意味仕方のないことですし」


 小田家が、取り潰しになった最終的な原因は、あの秀吉の関東出兵に挨拶に行かなかったこと。


 小田家としては周りが敵だらけ、隣で敵対しているのが佐竹、しかも小太郎は人質なあがらも北条の家臣となっている中では、小田家は誰も向かわせることができなかった。


 あの豊臣秀吉の関東出兵は、結果としては小さな武家にとっては大ごとになった。

 あいさつに行かなかったとか、遅かったとかの理由で家々が取り潰しになったり、石高を減らされたりした。


 そのせいで浪人があふれてしまい大変な事にもなったけど、当然その時取り潰された小田家も秀吉の被害者とも言える。


 もちろん、その未来を回避するためにも今回の世継ぎ問題は重要だ。


「しかし、いくら行く末を知っているからと、あたしが決めては意味が無いんです」


「澄殿、それは?」


「あたしが決めてしまったら、小田家の主権は氏治さまではなくてあたしと思われてしまいます」


 あたしは二人に重く、大きく息をついた。


 今は小田家の中で内政に、外交に力を持ちつつあるあたし。


 さらに氏治さまに重用されているだけではなく、面と向かってツッコミができる貴重な人材としてみんなの信頼は厚くなっている。


 そんなあたしが、小田家の今後を決める跡継ぎ問題も決めてしまったら氏治さまの立場は本当にお飾りになっちゃう。


 あくまでもあたしが守りたいのは、氏治さまが当主で治めている小田家なんだからね。


「ともかく、大殿にお会いした方がいいでしょう。何か、心があるやもしれません」

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