小田家中は真っ二つ!?どうする、澄

 翌日、小田家を回って雑談程度に探りを入れているともう酷かった。


 小田家は、完全に小太郎派と彦太郎派の二つに分かれていた。


 つまるところ――最悪だ。


「まさか、小田四天王、譜代諸将まで真っ二つだななって思わなかったよ!!!」


 あたしは奥にある個室で、頭を抱えてうづくまった。


 菅谷政貞さま赤松凝淵斉さまが、小太郎さま派。


 手塚石見守さま飯塚美濃守さまが、彦九郎さま派。


 最大戦力の四天王がこんな風に真っ二つじゃ、簡単に世継ぎを決めるなんて無理。


 小太郎派の言い分としては、側室の子供とはいえ長男であることが大きい。


 稲姫ちゃんの実家では世継ぎになるために寺から英才教育を施されてきたこと、それに小太郎さまも非常に頭の切れる好人物であることが支持されている。


 彦太郎さまの言い分としては、正室の葉月ちゃんの子供であることが強い。


 それに彦太郎というのは、小田家の中でも特別な名前であって氏治さまが『お前が世継ぎだー』と発言したとかいう噂もある。


「ま、まさか、こんな事になるなんてわからなくておろおろしてるんじゃ……」


 そうだとしたら、最低だ。


 いや、違う。


 絶対、何か理由があって決められなくて先延ばししてるだけだ。


 あたしも氏治さまの側で、半年以上仕えているわけじゃないんだから。


「雫様。よろしいでしょうか?」


「はぁ……明智様? ここは奥、男性禁制のはずですが」


 突然の声に、溜息をつきながら答える。


 部屋の中に入らなくとも、あたしにそうやって声をかっけてくれる人物なんて人しかいない。


 それも奥の約束を、平気で破る人なんて小田家中に一人しかいない。


 あの、明智十兵衛光秀だ。


「仕方ありません。主君と話したくても、政務が終わった後は、こうして奥に引きこもってしまうんですから」


「誰が主君ですか。押しかけ家臣のくせして」


「はて、しっかり判を押したのは雫様ではありませんか?」


 さらりと、特別でもないようにあたしに告げた明智さまにため息をつく。


 明智さまはあたしの家臣に強引になってはいるけれど、やはりその知略は目を見張るものがあった。


 あたしの小田家の大改革が上手くいっているのも、明智さまがあたしの現代の感覚をこの時代に合わせて上手くとりなしてくれたおかげ。


 荒唐無稽ともいえる策を現実に落とし込めたのは、この美濃の麒麟の頭脳があったからこそ。


 その功績もあり、小田家の重臣へとあっという間に駆け上がった。


 それでも、主君は不本意ながらあたし。


 ああ、もう、これだから頭の良すぎる美濃の麒麟児は扱いにくいんだよね。


 それに何か恨みが積もって、裏切られたらいやだし。


「わかりました。でも何かを話すのは場所が悪いですから、変えましょう」


「ええ、そのつもりです」


 柔らかく返ってきた声は、準備してありますよと言わんばかりの声だった。


 * * *


「お悩みのようですな」


「悩まない訳、ないですよ! まさか氏治さまが、後継ぎ決めてないなんて!」


 明智さまの屋敷の軒先で、あたしは思わずそんな愚痴を吐いていた。


 屋敷は完全に新規に建てたわけではなくて、元々あたしの小田城で使っていた屋敷を利用した小さなものだ。


「とはいえ、ある程度は知っておられたのでは?」


「……さすが麒麟、そう言っておきますよ」


 明智さまの問いかけに、あたしはあっさりと白旗を上げた。


 この男に言葉の詰め将棋をやるほど、今のあたしは余裕はない。


 それに、今は変に腹の探り合いをするつもりもない。


「史実、氏治さまはなかなか次の代を決められず、それが小田家の衰退の一端になったのは知っていますからね」


「やはり、そうですか」


 明智さまは、大きく息をついた。


 明智さまはあたしが500年先の時代から来たということを知っている、小田家内では数少ない一人。


 恐らく、後継ぎ問題で混乱しているのあたしに気がついて、時間を作ってくれたんだろう。


「先を知ってるというのは、便利なようでいて不便ですね」


「不便でもありますけど、先を知ることを生かして小田家に恩返しするのがあたしの生きる意味ですからね」


 あたしはため息交じりに、明智さまに返す。


 あたしが小田家で重用されているのは、すごい作戦を立てられるとか大革命を起こしたからじゃない。


 ただ少しだけ先のことを知っていて、それを小田家のためにって色々恩返としてやっているだけ。


 あたしの生きる意味は、小田家への恩返しってだけなんだから。


「して、此度はどうしましょう」


「動けるのは、あたしと明智さまくらいですからね。何か、策を練らねば他家に付け入る隙を与えてしまいます」


「ですね。小田家は一族郎党と、主家の結びつきが強すぎる。此度の問題では、中立的な目で言動を許されるのは我らだけでしょう」


 あたしは明智さまに、小さく頷いた。

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