澄、氏治が跡継ぎを全く決めてない事を知る
「ふぅ、柵の製作数はおおむね順調。この分なら、防衛陣地を軽く作るには十分かな」
年の瀬を迎えた、小田城の奥の間。
支城や小田城で進めている柵の製作状況の報告を見て、あたしは息をついた。
先日から始めた柵の作成は順調で、小田城だけじゃなくて各支城でも目標数に届こうとしていた。
これなら、戦があっても防御するための陣地を作るには十二分のはずだ。
「確か野戦築城っていうのかな?長篠の戦を参考したとはいえ、実際は運用はうまくいくかわかんないけど」
あの戦いは、戦国最強とも言われた武田軍に対して、織田側が柵と鉄砲隊、弓隊、槍隊を陣地を作って並べ、効果的に迎え撃つっていう作戦をとっていた。
今は鉄砲はないけど、弓隊でも十分に使えるはずと思った。
そこで、小田家でも柵を使った戦いをあたしは考えた訳。
実際の運用はどこまで出来るか分からないけど、訓練ではあたしの考えた柵の意図はあの明智さまが諸将に分かりやすく説明してくれていた。
明智さまは築城や陣形に詳しかったおかげで、説明がだいぶ省けて助かった。
諸将も柵を上手く使えば、相手に攻め込まれないでこちらが攻撃できることの有用性にはだいぶ感心していた。
柵は農閑期の村人に仕事として与えたり、先日造った荷駄隊のお仕事として割り振ってある。
今ではかなりのスピードアップが可能となり、山に詳しい人や佐竹から木を購入してかなりの数になっていた。
これなら、戦で使っても大丈夫のはずだ。
「あの、澄ちゃん。今、大丈夫?」
ちょうど思考が一区切りしたところで、そんな声がかけられた。
「あ、葉月ちゃん。それに、稲ちゃん。どうしたの?」
振り返ると、そこには葉月ちゃんと稲ちゃんが行儀正しく座っていた。
いつもならとたったー入ってきてそばに来るのに、どうしたんだろう?そんなに改まって。
――何か、あるんだな。
そんなあたしの予感を感じたあたしは一つ頷いた。
「入って。戸も閉めるね」
「ありがとう、助かる」
二人が入ったところで戸を閉めて座ると、二人は真剣な口調でこう口を開いた。
「お世継ぎ、どうしよう」
二人の言葉に、あたしの顔が凍り付いた。
え、何?お世継ぎってどういうこと?
「お世継ぎって、もう氏治さまが決めてるんじゃないの?」
正室の葉月ちゃんの子供の彦太郎ちゃんは2歳だけど、稲ちゃんの子供である小太郎君は11歳。
もう来年には元服の儀も行われるはずだから、どっちかに決まってるって思ってた。
「それが……」
「ま、まさかさ、決まってないの……?」
あたしの言葉に二人の表情は、小さく頷いて困り果ててる様子。
これは、いや、まさか信じたくないけど、
「うん」
「氏治さま……まったく!」
うなづく二人に、あたしは呆れた声を出した。
あんのバカ当主―!何で決めてないのよ!よりによって、稲姫ちゃんの子供の小太郎君は元服間近じゃない!
元服前なのに、世継ぎになるからないかって決まってないのって危なくない?
「澄ちゃん、ごめん。もちろん、あたしたちとしても、困ってるんだ」
「うん。当然、自分たちの子供に小田家をついてほしいのはある」
「そうだよね。稲ちゃんは側室だけど小太郎君は長男だし、葉月ちゃんの彦九郎ちゃんは二男だけど、葉月ちゃんは正室だし」
二人の立場は、何となくあたしも分かっている。
この時代の結婚は、嫁ぐ側と嫁いだ側の家の結びつきのため。
さらに子供がお世継ぎとなれば、結婚は大成功ってなるんだから。
逆になれなかった場合は、相当つらいものになる。
「お互い、自分の息子が継いでほしいのはあるよ」
「うん。家のこともあるし、引けないのはあるんだ」
二人は見つめ合って、ため息をついていた
。
二人は氏治さまの正室、側室っていう立場ではあるけれどいつもすごく仲がいい。
お互い一時期小田家から離れていたせいか、苦労していて共通項も多い。
正室と側室というと、ギシギシしている仲が多きがしたけれど、この二人に至っては仲のいい友達同士という感じ。
だから、こんなにも悩んじゃったのかな。
「氏治さまに早く決めてほしいって結構前から言ってあるんだけど、いまだに決まらなくて」
「でも、このままだといつまでも決まらないままんじゃないかなって」
「それに、このままあたしたちが争って、小田家が二つに分裂しちゃったらダメだと思うんだ」
「せっかく澄ちゃんが小田家に来てくれて、ここまで佐竹との同盟もしたり、うちの本家との同盟もやってくれて、さらに長尾さまとも会談してすごく上手くいってるのに……ね」
頷き合う二人に、あたしも頷く。
小田家の強さの一つは、家臣団の団結力。
これじゃあ、お家騒動が起こってその団結力が緩んで他家に突かれて壊滅だってあり得る。
二人も、そのことは十分わかっているみたいだった。
「あたしたちの変な争いで、小田家が滅びちゃったら元も子もないって思ったんだ」
「ふ、二人とも……。そこまで考えてたんだ、気がつかなくてごめんね」
ごめんなさいという感じで頭を下げる二人に、あたしも心が痛んだ。
跡継ぎ問題というのは、歴史でもたくさんの遺恨を残したもの。
仙台伊達家、蘆名家、織田家、上杉家、天下を一度はとった豊臣家だってそう。
他にも跡継ぎ問題で戦になって力が弱まったり、他家を巻き込んで本家の力が削がれた家もたくさんある。
――小田家客将としてあたしも、どちらかを選ばないといけないってことか。
二人とは仲良くしていたいけど、両方の子供をお世継ぎにするのは無理だ。
あたしとしても、小田家の運命を変える一手を打たないといけない。
でも、世継ぎをあたしが鶴の一声で決めてしまうのは違う気がする。
確かに小田家滅亡の歴史は変えたいけど、あたしが池の大事な跡継ぎをはいこっち!なんて決めるのは何かおかしい。
それじゃあ、小田家じゃなくて雫家になっちゃう。
あたしが恩返しして守りたいのは、氏治さまが当主であたしと一緒にいるこの小田家なんだから。
「ちょっと、あたしも小田家のみんなにもどう思ってるか聞いてきていい? 氏治さまが決めて兼ねているかは別だけど、みんなも気になってるだろうし」
「あたしたちはある程度知ってるけど、澄ちゃんも知っておいた方がいいと思う」
「そうだね。多分、胃が痛くなるうと思うけど」
二人の言葉に嫌な予感がしたけど、それは当然のごとく的中することになった。
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