澄、姫の心遣いを知る

「うわ、澄ちゃんってこんな顔するんだ」


「貴重なものを見た気がする。いつも凛としてカッコいいんだけど、今は、ほら、葉月、なんていうのあれ!」


「なんか、何回か見たことのある子犬みたい! 稲ちゃん、だよね?」


「二人とも、からかわないでください!だから、誕生日に宴ってどういうことですか?」


 すっかり話の主導権は、姫二人に奪われていた。


 氏治さまや小田家のみんな、佐竹家や明智さまを相手に高速回転した頭はこんなときなぜか回ってくれない。


 いや、どっちかというと空回ってオーバーヒートしちゃってる感じがする。


「澄ちゃんて働いてばっかりだし、一日くらい都合つけて羽を伸ばせないかなって」


「うん。誕生日なら、ほら、お祝いってことで口実つけて一日、仕事休めるでしょ?」


「でも、そんなことしたらみんなに迷惑かからないかな?」


 二人はあたしの誕生日を小田家のみんなで祝って、あたしの労をねぎらいたいって思ってくれたらしい。


 でも、さすがに二つ返事で了承するわけにはいかない。



 当主や後継ぎ、姫ならともかく、あたしは一客将。

 あたしなんかの誕生日にわざわざ宴会なんて、ちょっと気が引ける。


「みんなだって、戦のばっかりより宴があった方がいいと思うよ」


「お酒とか飲んでさ、一日くらい騒いだって罰は当たらないと思うけどな」


 特に深く考えない二人に、あたしは冷や汗をかいていた。


 お二人は知らないかもしれないですけど、実は史実の小田家は宴でえらい目に合ってるんですよ。


 大晦日に連歌会と宴を開いた翌日に、あの上杉景勝の名参謀である直江兼続に知勇兼備の将と認められた、戦国トップブリーダー太田資政にものの見事に小田城は攻め落とされている。


 たぶんどんちゃん騒ぎしたあげくに、正月攻めて来るなんてないでしょーって油断してたから。


 いくら内通者がいたからって、正月早々自分の城を落とされるなんて前代未聞で、さすが常陸の不死鳥っていうエピソードと言えるかもしれない。


 だからという訳じゃないけど、小田家の宴というのはどうも縁起が悪い気がする。


「でも、誕生日の宴か……」


 そうは思いながらも、二人の事を無下にはできない。


 で、ふと考えてみるとそれって誕生パーティってこと?


 いやいやいや!待って待って!


 あたしにとっては二次元で空想で、現実では諦めていた誕生パーティやってもらえるの!?


 ケーキはないかもしれないし、唐揚げとか生姜焼きとか好物はないかもしれない。


 誕生日プレゼントとかも、当然ない。


 でも誰かにお祝いされるなんて、あたしの過ごしていた時代では全くなかったこと。


 想像するだけで、気分が少し上がってきてしまう。


 氏治さまや家臣のみんなに、あたしが祝わってもらえる?


 生まれてきたことを、今生きてることを感謝してもらえたりするの?


 やばい、それ、どうしよう……想像しただけでちょっと嬉しいかもしれない。


「顔がにやけてるよー。今から楽しみ?」


「なっ!」


 あたしは慌てて、顔をぽんぽんと叩く。


 に、にやけてた?そんな事ない! 別に、楽しみだなっては思ったけど、そんな腑抜けた顔にまでなんてなってないはずだよ!


 あたしは氏治さまと二人っきりになるとき以外は、計略智眼の将、雫澄でいないといけないのに。


 姫の前とはいえ、そんな腑抜けた顔してたら他のみんなに申し訳が立たないじゃない!


「楽しみなら、楽しみでいいじゃない」


「そ、そうだけどさ……」


 思わず、返答に歯切れが悪くなる。


 稲姫ちゃんの言葉に、そんな事ない!とは言い切れない。


 実際、頭の中ではちょっと想像しただけでわくわくしてしまったんだもん。


「誕生日の宴のことは殿に言っておくけど、ともかく澄ちゃんには元気でいてほしいな」


「そうそう。倒れたら困る以上に、同じ女の子として心配だもん」


「二人とも……」


 笑顔を向けてくれた二人に、あたしの視界がじわりと歪む。


 あれ、おかしいな?


 なんで、これくらいで泣きそうになるんだろう。


「どうしたの?泣きそうになってー」


「そんなに嬉しかった?えへへー」


 からかわれるように撫でられたり、肩に置かれる手にようやく気がついた。



 そうか、あたし前の時代だと誰かに心配される事ってほとんどなかったもんな。


 友達という友達もいなかったし、親は論外。


 だから、クラスで慰め合ったり心配してる様子や、マンガでそういうシーンがあるのを見て羨ましく感じていた。


 この時代に来て氏治さまは例外だけど、他のみんなには小田家の恩返しのためにって強がって弱みを見せないようにしていた節もある。


 女として小田家を支えるためには、弱みや弱音なんて出しちゃダメだ。


 そう思いつつけていたのが、思ったよりストレスになっていたみたいだ。


「三人でこれからも仲良くいようねー?」


 ギューッとした葉月ちゃんに続いて、稲ちゃんも上から覆いかぶさってくる。


「うわわ!二人とも姫なんだよ!行儀よくして―!」


 抵抗するあたしに、二人は全くかまう様子なんてない。


「別に? だって、野山を駆ける田舎侍の娘ですもーん。ね、稲ちゃん」


「そうそう!それに人前じゃないんだから、気にしなーい!」


「ひゃああっ!?あたしは、人じゃないのー?」


 二人の柔らかさと暖かさに包まれて、床に転がされるあたし。


 でも、同じ床に転がされるのでも、親に蹴倒されて転がるのとは全く違った。


 その後に出たのは、前の時代に出た泣き叫び助けを求める声じゃなかった。


「あはは!二人とも―!」


 絶対に前の時代じゃ手に入らなかったぬくもりを手に入れた喜び。


 そんな嬉しさの溢れる、ただの17歳の女の子の声だった。


 年明け四月にあたしの誕生日の宴が開催される下知が発せられたのは、それから数日後のことだった。

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