澄、誕生の宴を姫に計画される

「さっきから声かけてたんだけど、全然反応してくれなくて心配しちゃった」


「薬とか言ってたけど、体調悪いの? 最近忙しそうにしてたから、心配になっちゃうよ」


「いえ!そういうわけでは!」


 あたしは、慌てて頭を下げる。


 ぼんやりしていたのはあるけど、まさか小田家の大事な姫である二人を無視してたなんて!


 いくら小田家の中でも、ちょっと違う扱いを受けているあたしとしてもさすがにまずい。


 この事、みんなにばれてお説教とか……ないよね?


「あのさ、ほら、澄ちゃん。ここ、場所思い出して?」


「そうそう! ほら、ここどこ?」


「え、小田城の奥ですけど」


 実はあたしがいるのは、小田城の奥と呼ばれる場所。


 姫の二人が過ごす空間で、基本的には男子禁制。


 ちなみに、あたしも粗末な一軒家からここに引っ越してきた。


「うん!だから、ほら、この前の約束」


「え、えっと……」


 ずいっと葉月さまに笑顔でにじり寄られると、あたしも諦めるしかない。


 奥で暮らすことになったけど、別に氏治さまの姫になったわけじゃない。


 奥は基本的に男性禁制だから、護衛ができる者がいないのは何かと問題。


 そこで白羽の矢が立ったのが、あたし。


 女子であるし、剣は氏治さまより上……というか、政貞さまの稽古のおかげでいつの間にかあたしの剣の腕はいつのまにか小田家上位にかなっていた。


 この時代や槍が主流とは言うけど、刀の腕に覚えがある人も多かった。


 そこで何かあった時の姫の護衛を担当することになったのが、このあたし。


 あたしも恐縮して辞退しようとしたし、奥の護衛を務められるかって疑問を持つ人もいた。


 ならばということで、家中の日と練習試合をしたんだけど基本的にボコボコにしちゃった。


 だから、葉月姫さまや稲姫さまと一緒に小田城の奥の間に引っ越してきたのが先日の事だった。


「葉月ちゃん、稲ちゃん……」


 あたしの声に満足げな葉月ちゃんと稲ちゃんだけど、あたしはまだ慣れない。


 あたしの言葉は神様の力で、現代の言葉がこの時代に勝手に翻訳されて聞こえるようになっている。


 ~さまとか~姫とか、あと敬語に近い言葉も当然翻訳されている。


 最初はあたしも、二人にはそんな丁寧な言葉に接していた。


 だけど、


「せっかく年の近い女の子同士で、氏治さまも誰もいないんだからもっと気軽がいい!」


 と、葉月さまがある日、耐えかねたように少し拗ねたように口にして


「あたしとしてもこの間にいる時は、あたしたちと身分は一緒だと思ってほしいな」


 と、稲姫さまも続いた。


 二人の姫に結構ずいーっと強く言われたので、あたしも悪いなと思いながらも頑張って普通っぽい言い方をする羽目になったのだ。


 戦国の姫相手にこんな普通のしゃべり方でいいのかと思うけれど、二人がそう言うんだから仕方ない。


 下手に関係をぎくしゃくしたって、何もいいことはない。


 しかも二人は、どちらかと言えば田舎育ちのお姫様。


 かしこまりすぎるのは、ちょっと苦手みたいだった。


「うん!よろしい!」


「二人はいいけど、誰かが見てたらどうするの? 姫と客将が普通に話してるなんて、やっぱりおかしいと思うよ」


 一応、二人には改めて聞いてみる。


 あたしは姫でもなく小姓でもなくて、小田家の一将。


 さすがに姫と平たんに話しているのは問題だと思ったのだけれど、二人は首をかしげるだけ。


「え?奥は澄ちゃんしか来ないから、大丈夫だって」


「そうそう。もし来るとしたら曲者だし、その時は澄ちゃんが守ってくれるでしょ?」


 二人のにこにこ顔を見ていると。あたしも何も言い返せなくなる。


 それに、あたしだって嬉しくない訳じゃない。


 半年以上男の人だけに囲まれていたから、やっぱり女の子が居ると少しだけ楽になる。


 それに、前の時代では女の子と話すっていうのも少なかった。


 こうして同年代の女の子と話すのは、当時の憧れの一つだったから嬉しいのは当然なんだけどね。


 ちなみに二人とも、一応は年下だ。


「だから、無理しちゃダメだよー?殿が言うには澄ちゃんが、小田家の要なんだから」


「そうだよ?あたしにも殿は澄ちゃんが働きすぎじゃないかって言ってたし。だから、さっきの薬って言葉、あたしも気になっちゃうよ」


「氏治さま、そんなこと言ってたんだ……」


 二人に挟まれて心配そうにされると、さすがにさっきの発言は軽率だったかなと反省。


 でも、その本心はいくら心配されても言えるはずがない。


 それに氏治さまに心配されるのは嬉しいけど、誰のせいであたしがこんなに忙しくなってたんだろうか。


 他の家臣の人たちに話を聞くと、あたしが来る前は好きを見て城下に逃げ出して農作業にいそしもうとしていたのだとか。


 それがあたしが来てからは見違えるように政務をこなして、人が変わったようだと言っていた。


 ……そりゃ滅亡するわ、当主が内政おろそかにしてたんだもん。


 とはいえ、だからこそ小田城が何度落ちても民たちの応援でよみがえった不死鳥だったのかもしれないけど。


「薬って言い訳までして、焼き肉がまた食べたいなんて恥ずかしくて言えないよ……」


「澄ちゃん?今なんて?」


「また薬って言わなかった? ほんと、心配なんだけど。明智さまに頼んで、何か作ってもらう?」


「だだだ、大丈夫! ちょっと、兵役について考えてただけ!ほ、ほら、傷の薬とか携帯できないかなって!」


 なぜか、漏れていた心の声。


 それを聞いてしまった二人に、必死に言い訳する。


 確かにサラダよりお肉が好きな女子だったし、コンビニでご飯を買うとなるとカルビとかハンバーグが多かった。


 戦国時代に来て一回しか食べてないとはいえ、ここまでとは呆れちゃう。


 医食同源とはよく言ったもので、さすがに元気が出ない時もあるから薬って言い訳して食べておきたいのは確か。


「ほんと、澄ちゃんは真面目だよね。心配になるし、呆れるほど」


「でも、それだけ小田家を考えてくれるのは心強いなー」


「二人のことも守れるように、もっともっといろいろやっていくね」


 二人を守ることは、今後の小田家の未来にもかかわっていく。


 何事もないのが一番だけど、万が一の時はこの二人や子供たちの命を守らないといけない。


 万が一姫の命や、子供の命が失われることになったら小田家は滅亡の危機なんだから。


 外交や内政、それにあたし自身の稽古ももっとやって行かないとな。


「あ、そうだ。これを、聞きたかったの。澄ちゃんって、誕生日いつなの?」


「え?」


 何かを思い出すように、聞いてきた葉月ちゃんにあたしは首を傾げた。


「誕生日は4月4日だけど……」


 よく分からないまま、あたしは誕生日を答える。


 本当はこの時代に合わせた旧暦に合わせないといけないんだけど、さすがにぱっと計算できる頭はない。


 なので、新暦の日付を答えるしかなかった。


 ――誕生日って、何するんだろう。


 あたしは誕生日なんて、別に楽しい思い出なんて一つもない。


 自分でファミレスに行ったり、本屋さんでちょっと高い本買うのが精一杯で、家でお祝いされた記憶なんてない。


 なんか幼稚園のころにお祝いされたような気はするけど、あれはあたしの誕生日ということで親が騒いだだけだし。


 あたしにとって誕生日は、ただ生まれ落ちた日っていうだけの何でもない日なんだ。


「じゃあ、その日は宴だね。氏治さまに、頼んでおくよ」


「ちょ、ちょっと!? あの、宴って、どういうこと?」


 嬉しそうに目を細める葉月ちゃんに、あたしは思わず詰め寄った。


 いきなりのことに、話が見えてこない。


 あたしの誕生日に宴をするって、一体なんで?どうして?ワケガワカラナイヨ!

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