跡継ぎ問題発覚編

澄、ここ数か月を振り返る

 小田領は、稲刈りが終わって冬の訪れを感じさせる季節がやってきた。


「いろいろあったなぁ」


 白湯を飲みながら少し寒くなった空を見上げながら、大きく息をついた。


 この数か月、小田軍の軍事改革に、小田城の仮完成。


 数えるだけでも、2つ大きなことがあった。


「千歯扱きで空いた人手は輸送路の整備仕事をしてもらって、ひとまず解決と」


 千歯扱きを導入した結果、小田領内は早々に精米まですることになった。


 しかし問題となったのは、今まで扱き橋を使っていた人たちの人手。


 そこであたしが行ったのが手持ちぶさたになった人たちを使っての、陸路と水路の整備だった。


 小田領には多くの川があるから、陸路だけではなく水路の整備と管理も必要。


 でも実際のところ、道は狭く水路もきれいではなかった。


 これではいざ、戦の時に行軍も援軍も遅れてしまう。


 そう考えて、各道を平たんにして道幅も主要な道を少しずつ広げることにしたのだった。


 これは軍事道路としてだけではなく、行商人やほかの民のためでもある。


 道路がしっかりしていれば、移動が楽になるからいろいろしやすいはずだ。


 道を何故広げるかという領民の疑問には、明智さまとあたしが領内で説明会をしたこともあり納得してくれた。


 何より人が余ってしまうのは村でも問題だったらしく、人手も上手く確保できた。


「軍備としては荷駄隊の導入。あんまり使うことは考えたくないけど大事なことだもんね」


 その小田軍の軍事改革だけど、改めで思えば改革ってほどの出来事じゃない。


 小荷駄隊の整備と導入が一番大きなところ。


 小荷駄隊は輸送部隊と、兵糧の管理部隊のこと。


 小田家にも似たような部隊は存在はしていたけど、兵糧が結構どんぶり勘定なうえに臨時に編成されていた。


 これからの小田軍はどこかに攻め込むより、領地を守る戦いが主になってくる。


 そうすると臨時で編成するよりも常に設置しておいて、有事の際にすぐに動けるように兵糧の数を常に把握している人たちが必要だった。


「あとは柵の整備と陣地の作成を専門にする人たちを雇用と」


 さらに小田の荷駄隊には、あたしなりの重要な役目を追加した。


 小荷駄隊は兵糧を運ぶための運搬路を整備する役割もあるけれど、それは常時あるような仕事ではないし人が余る。


 そこで考えたのが、防護柵や坂藻杭さかもくいなどの防御のための設備の作成と整備のお仕事だ。


 この時代は、工作機械なんてない。


 だから槍や弓が苦手でも素早く防御陣を作成したり、柵のための縄を作るのが得意な人、戦に出ていたことがたくさんある人が向いている。


 とはいえ戦に出向かない働き場だから、志望者がいるかと不安だったけれど各地の村から出てくる出てくる。


 お触れを出したあたしも最初は不安だったんだけど、集まってきた領民は口々にこう言っていた。


「槍働きが出来ないから、小田さまの役に立てないと思って肩身が狭かったのです」


「今後は、わしらにも小田さまのお役に立てることがあるですね!」


 そんな声が、志望者からはたくさん聞こえてきた。


 確かにこの時代は槍で戦功を上げるしか、出世の道や武士としての収入はなかった。


 農村の長男は畑を継ぐことはできたけど、次男以降はそれ以外に仕事を見つけないといけなかった。


 あと年を取ってしまえば、なかなか戦で活躍することもない。


 槍働きが出来ればいいけど、できない人の肩身はもしかしたら狭かったのかもしれない。


「まさか、肩身の狭い人たちのやる気が上がるなんて思わなかったよ」


 今回は民を救うつもりはなかったけど、結果として今の小田領の人たちは生き生きと農作業と土木作業をしているみたい。


「農業は国の礎。兵糧がなければ、この立派になった小田城があっても戦も何もできないんだから結果的には良かったな」


 それにまだ時代は来てないけど、近いうちに鉄砲が戦に導入される。


 先を見据えれば、長篠のように防御陣を築く戦の時代になるはず。


 だから、これはあたしだからできる先を見据えた準備だ。


「だけど、軍の改革はみんなキョトンとして大変だったな」


 振り返ると荷駄隊の設置は、一筋縄では行かなかった。


 戦場で華々しい戦いをする部署ではないから恩賞はどうするのだとか、襲撃の危険も高いから誰が担当するのかとか。


 かなり難航したんだけれど、ここでも明智さまがあたしの未来知識をこの時代に合うようにしてくれて助かった。


 美濃の麒麟といわれた彼の頭脳は本物で、あたしのあいまいな言葉ですらこの時代に合うものに合わせてくれていた。


 その結果、家中で軋轢もなく進めることが、出来たから本当に感謝だ。


「でも、戦って大変なんだな。頭のか中でやってたのと全然違うんだもん」


 他にも軍の整備は、この期間に一気に進めた。


 三間槍の導入、弓隊の連携強化、陣形の相談、報酬の変更などなど。


 最初はあたしの知識だけでいけるでしょ!と調子に乗ってたんだけど、そう簡単じゃなかった。


 例えば三間槍だけど、確かに作ってみたら本当に強力。


 試しに置いた的を試しに叩いてもらったら粉々になって、ぞっとした。


 でも、使ってみた足軽の皆さんに聞いてみたら、長すぎて使いにくいという話だった。


 この時代の槍は上からボコボコぶっ叩くのが主だったから、確かに連続攻撃できないのは戦いに合わない。


「でも、どんなもの使い方。ファランクス陣形や防衛陣地では使えないわけじゃないし」


 攻めには向かないけど、防衛陣地でしっかり陣形を組んでの槍衾としての使い方は超強力。


 なので、三間槍は導入することにはなった。


「弓は連射強化もできたし、陣笠とかも強化できた。弓は強力だから、防御手段は大事だもんね」


 今までは放置されていた分野だけあって、これだけでも小田軍は強力になったはずだ。


「小田城は大きな堀に、円郭式の陣形。二の丸は小さいけど、防御力は高いお城になったかな」


 小田城は史実と違って、円郭式の陣形と大きな堀を使った円郭式のお城に生まれ変わった。


 かなりの大工事のはずだったんだけど、領民の協力と佐竹様の支援でかなり早めに出来上がった。


 小田の地は水が豊富だったから、水をうまく利用しつつ防御力を高めるための円郭式。


 湿地帯も、当然上手く使わせてもらった。


「ただ、まさか跳ね橋を氏治さまが面白がってつけるなんて思わなかったけど」


 本来日本の城の橋っていうのは、がっちりしっかりしてる。


 でも、あたしは冗談でヨーロッパによくあった跳ね橋を提案したら、氏治さまが面白いって気にいってくれた。


 当然あたしは、防御とかも考えた上での発言だけど、氏治さまは動くのが面白いっていう子供っぽい理由でつけようってことになった。


「結果的には、防御力が上がったと思いたい……」


 少し冷めつつある白湯をすすり、あたしは息をついた。


 今は小田家周辺も落ち着いているし、しばらくは国力を上げることもできそう。


「作物の買い上げと、販売経路の充実もできて足らないお金も何とかなりそう」


 結構出費もあったけれど、そこは商人との連携も上手くいって各家々の報酬形態も見直して何とかなった。


 とはいえ、結構ギリギリだから何かしらの特産品を作ったりして金銭を得る方法を考えて行かないと赤字になりそう。


 今度領内を見回って何かないか探したり、領民の方に聞いてみよう。


「それに、この時代に来てからずっといろいろやってたから少し休みたいなぁ」


 振り返ると、もう戦国時代に来て半年以上。


 振り返ればずっと小田家のためにって走り続けたから、あっという間だ。


 身体の疲れもたまっているし、お風呂にゆっくり入りたいっていうのは嘘じゃない。


 この時代に湯船につかるお風呂は少数だから、小田城にお風呂を作るのもいいかな?


 あと、交易とか使ってちょっと甘いものを作るのもいいかもしれない。


 ああ、そうだ、猟師さんに頼んでまたこっそり焼肉なんて……。


「澄ちゃん、あの、ちょっといい?」


「ケーキにスイーツ、それにお肉、何とか薬ってことで手に入らないかなぁ……」


「あ、あのさ、すーみちゃん? 何、訳の分からないこと言って遠い目をしてるの?」


「はっ!? これは、葉月様!稲姫様!申し訳ありません!」


 声に慌てて振り向くと、綺麗な服を着た女の子が二人。


 佐竹同盟によって小田に帰ってきた、氏治さまの正室の葉月さま、芳賀より帰ってきた側室の稲姫さまだった。

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