澄、氏治と共にリアカーと千歯扱きを試す

「よーし!今日はいよいよ、あの機械を試すときですね、氏治さま!」


「うむ、澄も気合が入っておるな」


 今日は珍しくあたしの方が、氏治さまより農作業の気合が入っている。


 それもそのはずで、今日はあの千歯扱きの実戦投入の日だからだ。


 麦で少しだけ残っていたものを使って軽くテストはしたけれど、実際はどうなるかは分からない。


 扱き箸より脱穀の効率が出る自信はあるけれど、どこまで村の人たちが喜んでくれるかは分からないから不安と言えば不安だ。


「しかし澄、面白いものをまた考えてくれたのぉ」


「えへへ、一人で持っていくのは辛かったですからね」


 氏治さまが眺めているのは大八車じゃなくて、リアカー。


 タイヤは木製だけれど、荷台の形からフレームまではリアカーそっくり。


 大型なものはこの時代にもある大八車でいい。


 けど、小さいものと荷物の積み下ろしには絶対にリアカーは使えるものになるはず。


 そう思ってこっそり街の職人に頼んでコツコツ作っていたら、早速の出番が来たって訳だ。


「行軍にも、使えないこともなさそうじゃな。なるほど、未来の荷車か」


 関心仕切りの氏治さまに、少し鼻が高くなる。


 こういうコツコツとした時代を先取りした発明が、少しずつ小田を変えて行けるかもしれない。


 ちなみに構造図は、街にもう配ってあるからものによっては小田城下で使われる日も来るかもしれない。


「あまり重いものでなければ、使えると思いますよ。さて、行きますよ!」


 あたしは試作千歯扱きを乗せた、リヤカーを引き出した。


 おお、思ったより軽くて行ける!


 タイヤが木製だからころがりは悪いけど、まだ我慢できる程度だ。


「力のない澄でも、すいすい行くもんじゃな」


「そのための、道具ですからねー」


「これはわしも乗っていけそうじゃ、いいだろ?」


「は?何、言ってるんですか、氏治さま」


「バカを申せ、ちょ、ちょっと気になっただけじゃ!」


 そんなことを言いあいながら、あたしたちは和気あいあいと練習用の田んぼがある城下の村へと向かって行った。


 * * *


「到着です」


「道も、すっかり慣れたな」


「ええ、うわ、きれい!」


 村にあるあたしたちの前の田んぼには、はさがけをされた稲がまさに黄金色に輝いていた。


 大げさかもしれないけれど、本当に金みたいで思わず声が出てしまった。


 小田城を支える大事なお米を、思わず触ってみると中にぎっちりと実が入っているのがわかる。


「今年は実りがいいと民が言っておったが、その通りのようじゃ。乾かしても重そうじゃ」


 今年の豊作は氏治さまにとっても当然うれしいようで、あたしの隣で愛おしそうに稲穂を触っている。


 やっぱり農作業好きの戦国大名、実りの様子は心配だったんだろう。


 かく言うあたしも初めて田植えから手伝っていたので、やっぱり気になっていた。


「鳥の被害は、少なかったみたいですね」


「うむ!澄が村の者と考えたのが、功を奏したようじゃな」


 多少食べられたような跡はあるけど、稲穂はほとんど無事なように思える。


 動くか歌詞やカランカランと音を出す木の板、それとカラスを模したひらひらの布切れなどの効果は少しは出たようだった。


「では、氏治さま。千歯扱きを、使ってみましょう」


「うむ!麦では上々であると噂だが、米で使うのもわしが使うのも初めてじゃ。いかほどのものかのぉ!」


「では、準備しますね」


 ワクワクして目を輝かせる氏治さまにちょっと呆れつつも、あたしも千歯扱きを使うのは不安と期待が入り混じってドキドキしている。


 麦で試作をしていて、残っていた稲穂で多少のテストはしてきた。


 千歯扱きで大切なのは、並んだ歯の間隔。


 簡単に言うと、麦だと広くてお米は狭いって感じだ。


 狭すぎると抜けないし、広すぎると実が落ちないから本当に微妙な調整が必要。


 上手くいくかドキドキしながら、持ってきたむしろと千歯扱きをリアカーもどきから降ろす。


 そしてむしろに氏治さまが持ってきていたざるを置いて、千歯扱きをセット。


「これで準備完了です。えっと……」


「わしがやるからな」


 どっちが先にやります?と聞こうとした途端、氏治さまが鼻息荒くあたしを見つめていた。


「えっと、試作を頼んだのはあたしですから、まず――」


「わしがやるからな」


 さらに荒くなった鼻息にあたしは、苦笑いを浮かべる。


 ああ、これは絶対ひかないやつだ。


 ここで駄々をこねられたら、余計めんどくさいことになる。


「はい、では先にどうぞ」


「うむ!任せておけよ!」


 あたしが譲ると、胸を張りはさがけされた稲穂を手に持つ氏治さま。


 でも、こんな子供っぽいところも氏治さまの魅力なんだよね。


 戦国大名っていうと、あたしはどこも武に厳しかったり怖い人が多いと思っていた。


 でも、氏治さまはそんなことがなくて、今でも近所のお兄ちゃんって感じだ。


 あたしがこうして日々を楽しく過ごせているのは、氏治さまの納める小田家に拾われたおかげ。


 他の家だったら、どうなっていたか本当にわからない。


 ――滅亡回避の恩返し、頑張らなきゃね。


 でも、周りは同じ反北条が多いし、しばらくは内政に取り組めそうかな。


 この後に相対するのは、後北条に、おそらくだけど武田。


 小さな地方大名の小田家には、大きすぎる敵。


 いくら準備したって足りないかもしれないけど、何もしないわけにはいかないんだから。


「おお!澄、凄いぞ!!!」


「う、うわぁ!いきなり大きな声を出さないでくださいよ!びっくりしたじゃないですか!」


 突然聞こえてきた氏治さまの声に、びっくりして思わず情けない声が出てしまった。

 でも氏治さまは、悪くない。


 ぼんやり、考え事していたあたしが悪いんだから。


 そして振り返ると、氏治さまの目がキラキラと輝いていた。


「これはすごい!さっと引くだけで何十本束になっている稲からモミがすぐ落ちるぞ!」


「わ、上手くいったんですね」


 千歯扱きの下を見ると、稲穂から零れ落ちたモミが転がっている。


 これは成功といっても、いいんじゃないかな。


「細かいところはやはり扱き箸を使わねばならないが、これはすごく楽になるぞ!見ておれよ」


「はい!」


 得意顔の氏治さまが千歯扱きを使う様子を、あたしもドキドキしながら見守り。


 サッと歯の間を稲穂が通ると、ぽろぽろとモミが零れ落ちる。


 大成功だ!!


「澄、よい道具を作ってくれた!これは素晴らしいぞ!」


「やったー!」


 氏治さまの笑顔にあたしは、満面の笑みで手を叩いてしまった。


 よかった―ちゃんと役目を果たしてくれて!ずっと試作の情報は聞いていたけれど、こうやって実際に上手くいく様子を聞くと嬉しくなる。


「これはほかの村でも喜びの声が上がっておろう! さぁ、どんどんやるぞ!」


「あ、あのあたしにもやらせてくださいよ!氏治さま―」


 全部やってしまいそうな氏治さまをあたしは、止めようとする。


 でも顔がふにゃっとなってしまって、抑えることが無いくらい嬉しかった。


 戦も外交も恩返しのために知識を使って、結果を出して褒められるのは嬉しい。


 でも、こうやって氏治さまと笑っている時間があたしは一番好きだ。


 その為にも、もっともっと外交や内政、避けられない戦のために小田家を変えていかないといけないんだ。


 ――特に結城の周辺、気をつけて行かないとね。兼さまの言葉、忘れないようにしないと。


 今後の小田家の行く末に、少しだけ心が重くなる。


 戦になったら、こんな氏治さまと笑う日々もなくなっちゃう。


 その為に、やることはやって行かないと。


 あたしは氏治さまの笑顔を見ながら、気持ちを新たにしたのだった。


 ちなみに他の村でも千歯扱きの評判はかなり良く、来年に向けての量産体制がととのって取っていくのだった。

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