澄、鳥獣対策を考える

「雫さま、わざわざありがとうございますだ」


「初めての稲刈りは大変でしたが、民の方々の苦労が少しでも知れてよかったと思っています」


 痛い腰をかばいながらなんとか城下の乙名藤右衛門さんをはじめ、近隣の村の乙名を務める方々が集まっていた。

 顔はどれとも厳しいという物ではなく、そんな乙名大集合みたいな問題があるとは思えない。


「いえいえ、雫さまが佐竹との同盟などでわしらに安心して米作りをさせてくれたからですよ」


「藤右衛門のところは城攻めの影響もあったようですが、他の村々は戦に怯えることもなく作物を作る事をできました」


「ええ、雫さまは領内をご自分の目で見て我らとひざを突き合わせてくださる。これからも頼みますぞ」


 次々と乙名の方たちが、あたしにお礼を言ってくる。


 それぞれが言うようにあたしは小田家のために佐竹との同盟をなして、領民の様子が知りたくて領内をつぶさに歩いて意見に耳を傾けてきた。


 だけど今までの人生、褒められたことがほとんどなかったからこうしてお礼を言われるのに慣れていない。


 でも、これはあたしの積み重ねたことなんだから、否定するにもできない。


「ええっと、それで、今日この様にお集まりなさっているのはどういうことで?あたしに何か相談ということでしたが」


 次々に褒められると、何だかむずかゆくなってくる。


 慌ててあたしは本題に入るように促したものの、焦っていたせいか変な言い回しになってしまったのが恥ずかしい。


 すると、それぞれの乙名の方たちは少し考えるようなそぶりを見せた。


「実は、今年は例年にはない豊作なのですが困ったことがありましてな」


「豊作で困る、ですか?」


 あたしは乙名の方の言葉に首をかしげた。


 豊作で困ると言われても、さっぱり意味が分からない。


 年貢で納めてもらった分を考えても、お米は備蓄できるように氏治さまは取り計らいをしている。


 だから取りすぎだ!っていう相談でもなさそうだし。


「ええ、先日米を刈り取りまして今は干しの段階に多くの村が入っております」


「それは存じております。あたしもお手伝いを行いまして、腰が今でも痛むほどの重労働でした……」


「都の女子ではやらぬことだと思うので、さぞ苦労はあったと思いますぞ」


 あたしの思わず出た愚痴のようなものに、乙名の方たちの表情が少し緩む。


 いや、冗談じゃなくて今でも少し無理したせいで腰が痛いんですが。


 とはいえ、何となく話しやすい雰囲気になったのだったら嬉しいけど。


「それで干している米なのですが、鳥どもが常に狙って困っておるのです」


「ええ、人がいて追い払えばいいのですが常に人がいるわけにもいかず」


「なるほど、豊作になったからその分たくさんの鳥が米を狙いに来ているわけですね。確かにそれは問題です」


 乙名のみんなの言うようにせっかく豊作でも、鳥が食べてしまっては元も子もない。


 鳥にそこまで恨みはないけれど、せっかくのお米を食べられるのは問題だ。


 前の時代だったらそこまで気にしないけれど、田植えから米を見守ってきた今は気になってしまう。


「様々な工夫をしているのですが、なかなか難しい。なので、雫さまの知恵を拝借しようと思ったのです」


「ええ、雫さまは殿をその知恵で助けていると聞きます。何かあればと思いまして、お呼び建てしたのです」


 村の人たちが工夫しているのは、重々承知の上。


 と言っても、あたしは前の時代米作りなんてしたこともないし、家が農家だったわけでもない。


 でも、あたしを舐めないでほしい。


 知識好きの引きこもりをしていたから、鳥獣対策知識が全く無い訳じゃない。


 それを、片っ端から試してもらうしかない。


 まず思い浮かんだのは空砲なんだけど、この時代まだ常陸国に鉄砲は伝わってないはず。


 それにあったとしても超高級品。


 領民の方に、レンタルなんてできるはずもない。


 この時代に見合った対策となると、だいぶ数が絞られてくる。


「そうですね、まずは黒い布を竹竿と糸を使って吊るすとかをしてみましょう。風でゆれている時にカラスに近いものにすれば、スズメたちはまず逃げると思います。カラスのはく製でもあれば逆さまに吊るすのですが、さすがに今から用意するのは難しいしいと思いますし」


 確か、黒い布は上手く揺れている姿を作れれば鳥の取ってカラスに見えるはずだ。


 カラスは小さな鳥にとって敵になると聞いたことがあるし、実際ホームセンターで黒いカラスを模した布を見たことがある。


 カラスの死体を吊るす対策はネットで調べてぎょっとしたのだけど、お米を守るためには構っていられない。


「なるほど、カラスがいれば小さな鳥は逃げたりしますしな。やってみましょう」


「はく製は無理ですが、カラスを狩れればその死体を吊るすのは出来ましょう」


「え?狩れるんですか!?」


「ええ、罠を使えば。少し難しいですがな」


 堂々と答える乙名の一人の言葉に、びっくりする。


 カラスって頭がいいのに、すごいな人間……いや、この時代だからかもしれないけど。


「ええと、後はかかしなどはありますか?」


「はい。ありますが、あまり効果が無いようです」


「鳥や獣も慣れてきますからな。ないよりはましという程度ですが」


「うん、慣れてくるのがいけないんです。だったら、慣れないようにすればいいんですよ」


「慣れないようにするですと?」


 不思議そうな顔をする乙名のみんなに、あたしははっきりと頷いた。


「同じ格好で、同じ場所にいるから鳥も慣れてしまうのです。二、三日に一回服や場所を変えてみましょう。あとは適度に揺れているなどすればいいのですが……」


 同じものがずっとあれば、人間だって慣れてしまう。


 だったら、位置や服装姿勢などが変わってしまえばいい。


 気休めかもしれないけど、これも本で読んだ知識だった。


「ふむ、言われてみれば確かに。同じものがずっと居たら、鳥も慣れてしまいますが位置を変えれば、変わるかもしれません」


「常に揺れるのは難しいかもしれませんが、風で揺れる程度なら何とかなりましょう。やってみます」


 さすが村を代表する乙名さんたち、頭が回って助かる。


 なんだかあたしも、夢中になってくる。


 他にも鹿威しのような物を作るだとか、大きな目の模様を描いた板を吊るすとかアイディアを出すと、それを乙名さんたちが、実現可能なものに変えてくれた。


 なんだかみんなでこうやって話し合って、対策を考えるのって難しいけどやっぱり楽しい。


 それはたぶん、前の時代に誰もあたしの話を聞いてくれなかったり、認められなかった経験が多いからだと思う。


 戦国時代に飛ばされて苦労も多いけれど、誰かに認められる機会が増えたのはやっぱり嬉しい。


 それに、領民のみんなにあたしも支えられている立場だから、恩返しもしたいって気持ちも強い。


「雫さま、助かりました。村々で出来る事をして、一粒でも多くの米を手にい入れたいと思います」


「助かりました、さすが雫さまですよ」


 こうして、小田領内の各村々で対策がとられることとなった。


 そして大事なことを、同時に乙名のみんなには伝えていた。


 それはどれが一番効果があったかを、記録にしてもらうこと。


 動物の慣れはあるとしても、どの対策が効果があったか分かれば来年以降対策もしやすい。

 それに、もしかしたら地域差みたいなのも見えるかもしれない。


「みんなで工夫して、お米を守りましょう! せっかくの豊作、一粒での多くのお米を収穫しましょう!」


 お米には八十八回手がかかるというけれど、その一端をこうして知る事が出来たあたしはお米の収穫がより一層楽しみになったのだった。

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