澄、兼から褒美をもらう
あたしに向けられた景様の言葉にはどこか困ったような、それでいて嬉しそうな感情が冷たい言葉と表情の中にも混じっていた。
「さて、この辺りにしよう。澄殿も遠路疲れたであろう。ゆっくり休んでくれ。兄と小田殿は、まだかかるだろうがな」
「有り難き幸せです」
「これは独り言だと思って聞いてくれ」
「はい」
「結城ら関東の諸家には十分注意しておけよ。わしら長尾が越後に下がった途端、北条は何をするかわからん」
景さまが口にしたのは、今回の鞍替えによって反北条になったお隣の結城家の名前だった。
小田家とは領地争いをしているとはいえ、反北条から離脱する可能性があるってこと?
確かそんな歴史はなかったはずだけど、でも可能性はゼロじゃない。
あたしがこうして歴史を少しだけ変えてきているから、結城が攻めてくる可能性がないわけじゃない。
同じ勢力にいるからって安心しちゃいけないというのは、今後の政策で注意しておくようにしよう。
「これは、独り言だと思って聞いてください。景さま、その金言この雫澄、大変感謝しております」
もし小田家が北条側についた結城達に攻め落とされたら、直接佐竹家を攻め落とすことが可能になっている。
それを防ぐために、佐竹さまはあたしが提案した小田と同盟をしてくれたんだしね。
同じ勢力だからっていつ裏切つかわからないっていうのは悲しいことだけれど、小田家を守るためには頭に置いておかないとダメなことだった。
だから、景さまの言ってくれたのは金言だ。
「なんじゃ、独り言に礼を言うか。まっこと面白き女よ」
あたしの独り言に、ふっと息を吐いた景さまはあたしにまっすぐに向き直った。
「そうだ、今日はなしに付き合ってくれた褒美をやろう」
思いもよらなかった言葉に、首をかしげる。
褒美?この話が面白かったからだろうか。
もしかして刀とか品物かなと思ったあたしの予想は、あっさりとはずれた。
「もし、我らが関東におり、小田に何かあれば艱難辛苦があろうとも必ず三日で駆け付けると約束する」
「景様、それは――」
それは援軍の約束。
あたしにとって、何よりも心強い、それでいて何よりも嬉しい褒美だった。
だけど、なぜ?
「不思議そうな顔をするな。先ほど澄とは早くても3年後、酒を交わす約束をした。それだけだ」
うれしさもあるが、にわかにはあたしには信じがたい。
たかが、小田家のために関東遠征中の長尾家が動いてくれるとは思えない。
だけれど、景様の目は真っ直ぐ氷のようにあたしを見つめていた。
『まさか、受け取ってくれるよな?』
まるで、そう言っているようだった。
「わかりました。どんな大軍であるとも、景様を信じて三日は小田を持たせてみせましょう」
あたしの答えに、景さまは満足そうに大きくうなづいた。
「此度の会談、無理して同席した甲斐があった。澄、またいつか、ゆっくり話をしようぞ」
満足げに去っていく景様に、あたしは深く頭を下げた。
あたしはこの時、知るはずもなかった。
この書状もない口約束が、小田家の運命を大きく左右することになるなんて。
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